縁結びの神はハナゲ様!?

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2014-04-24短編

※改稿したものを小説家になろうでアップしています。

 

 「いちま~い……に~ま~い……」

 部屋に散らばったパンツを一枚ずつ数えながら洗濯カゴへと放り投げていく。
 別に数える必要はないのだけれど、何かしながらじゃないと飽きてしまう。

 うあ! パンツに茸が!
 ……違った。
 二週間前に食べたキノコハンバーグ弁当のソースがこぼれてただけだった。

 なんせ部屋内は洗濯物だけじゃない。
 見渡す限りのゴミ、ゴミ、ゴミ。
 空の弁当箱にペットボトルに雑誌類。
 その脇には山積みとなったぱんぱんのゴミ袋。
 まさに腐海だ。

 あーあ、せっかくのクリスマスイヴだというのに。
 一緒に過ごしてくれる彼女が欲しいなあ。
 「もう、散らかしちゃって。だめな人ね」とか、指でつんと俺のおでこを跳ねたりしながらも部屋を片付けてくれたりなんかしちゃったりして。
 ……いかん、いかん。つい妄想に耽ってしまった。
 何か始めるとつい妄想してしまって手が止まってしまう。
 これも独り暮らしの病というやつだ。

 自慢じゃないが彼女いない歴はイコール年齢の二九年。
 もてるもてない以前に、そもそも出逢いがない。
 中学高校は男子校だったし、職場に女性は一人もいない。
 他の同僚は合コンで相手を見つけてるけど、一度も呼ばれた試しがない。
 それはきっと、俺が行くと女の子が逃げてしまうからだろう。
 周囲からは「キモイ顔」と言われてるし。

 いや、やめよう。
 現実に彼女がいないものを今更グチっても仕方ない。
 独りで過ごすしかないならせめて前向きに考えようと決めたじゃないか。

 だから俺は必死に部屋の掃除をしている。
 「掃除してたから、仕方なく誰ともデートできなかった」
 売れ残った半額ケーキを独りで食べるための言い訳を自分に与えるために。
 
 一杯になった洗濯カゴを抱えてダイニングキッチンへ。
 隅に置かれた洗濯機にその中身を流し込む。
 操作パネルをピッ、ピッとタッチ。
 水道から洗濯槽内に水が注がれ始める。

 さて次だ次。
 空になったカゴを持って部屋へ戻り、洗濯物を拾いあげる作業を再開する。
 せめて夜までには終わらせないと。
 あーあ、最近流行りの乾燥機能が付いてればなあ。
 干す時間を省略できるのに。

 ふう、カゴが満杯になった。
 次はゴミを袋に──

 〈ピー、ピー、ピー〉

 洗濯機から何だか嫌な予感を抱かせる甲高い電子音が聞こえてきた。

 洗濯機を見るとすすぎの途中で止まっていた。
 パネルには【E‐05】の表示、何らかのエラーらしい。
 どうやって解除すればいいのだろう。

 とりあえずコンセントを抜き差しする。
 電源を入れると無事にエラーは解除されていた。
 よし、ピッ、ピッ、再開のピッ。

 ゴン……ゴン……ガコッ、ガココッ、ガココココココココッ
 やばい、何か金属同士がぶつかり合う様な異音!
 すぐさまコンセントを抜いた。

 コココココ……
 止まった、どうやら完全に故障の様だ。
 何せ十年以上使い続けてる代物だからなあ。
 こんな日に洗濯機まで故障するなんてどこまでついてない。

 とりあえず新しい洗濯機を買いに行かないといけない。
 だけど街中に出て幸せそうにしてるカップルなぞ見たくもない。

 仕方ない、コインランドリーに行こう。
 ゴミ袋を二重にしてから水浸しの洗濯物を投げ込む……う、重い。
 膝を屈め、サンタクロースよろしく肩に担ぐ。
 背中にぬたっと張りつく洗濯物が冷たくて気持ち悪い。
 あーあ、イヴに働けるサンタさんが羨ましい。
 常に独り者の言い訳ができるのだから。
 
                 ※※※ 

 コインランドリーから出る。
 寒いなあ、夕方からは雪が降るんだっけか。
 乾燥してるのもあって、吸い込む空気が鼻腔を刺してくるかに感じる。

 ──あれ? 帰路につきかけた時、ふと一件の店に気づく。

 店頭には冷蔵庫にソファーに……どうやらリサイクルショップの様だ。
 いつの間にこんな店できてたんだろう。
 商品の中には洗濯機もある。
 気分転換を兼ねて覗いてみよう。

 店内に足を踏み入れる。
 鋭く尖る様に張り詰めていた空気がふっと柔らかくなった。
 ああ、暖かい。

 陳列棚には、隙間も無いくらいにびっしり物が並べられている。
 さらに加湿器が何台も運転中。
 だから余計に暖かく感じたんだな。

 陳列品は明らかにクリーニングされているのがわかる。
 もちろん中古品ならではの使用感はあるが、それでも手に取ろうと思えるくらいには綺麗だ。
 興味は惹かれるし本来なら色々ゆっくりと眺めたいところ。
 しかし現在は部屋の掃除を抜けてきてる身だしな。
 真っ直ぐ本命の洗濯機へと目を向ける。

 ポップには一つ一つに「○○年型」と記されている。
 およそ五年くらい前の品が多い。まだまだ使えそうなんだけどなあ。
 どれもこれも憧れの乾燥機能付。
 しかも普通の縦型上下開閉タイプもある。
 これならうちの洗濯機置場にも置ける。
 昔見て回った時、乾燥機能が付いたのは大型のドラムタイプしかなかった。
 しかも値段が超の付く程高かったから泣く泣く諦めた。
 ここに並んでる品は概ね三万円前後。
 これなら現在の俺にも手が届く。

 どうしようかな……買っちゃおうかな……。
 自分へのクリスマスプレゼントとして。

 沸々と物欲が現実味を増してきた所に、ふとピカピカに光る一品が目に入る。 

【緊急入荷! 二〇一三年製の超売れ筋商品! メーカー保証殆ど残ってます!】

 具体的な機能は【ヒーター乾燥】【自動おそうじ】【節水センサー】……他にも色々書いてある。
 なんとなくわかる様でよくわからない。
 値段は六万円、他の倍以上違う。
 でも何か神々しい存在感を放ち、心惹かれるものがある。

 ポケットからスマホを取り出す。
 こういう時はお買い物サイトで平均価格をチェックだ。
 ……新品最安値より一万五〇〇〇円も安い。
 これは買い得感大きいぞ。

 まずいなあ。
 見るだけのつもりだったのに本気で欲しくなってきた。
 いかにも最新ですと訴えんばかりの、タッチボタンが細々と並んだ操作パネルをしげしげと眺める。
 するとパネルの上に、長さ五ミリもない小さな小さな黒く細い物体を見つけた。

 ──毛?

 ここに並ぶ商品は原則中古品。
 だとすれば、これは売主の毛だろう。
 この長さからするとまつ毛あたりかな。

 こんな最新型の洗濯機を買ってすぐに売るなんて、きっと豪邸に住めるくらいのお金持ちに違いない。
 恐らくはその家のメイドが使っていたのだろう。
 朝早くに起きて眠い目を擦りながら洗濯をしていたところ、その指についたまつ毛がくっついてしまったのか。

 ……いかんいかん、この妄想癖はどうにかしなければ。
 気がつくと、指にその毛を掬い取ってしまっているし。
 俺は何をするつもりだったんだ?
 
「何かお探しですか?」

「うあっ!」

「きゃあっ!」

 突然の女性の声に思わず大声を上げてしまった。
 それに驚いたのか、先方は目を広げながら後ずさっている。

「あ、ごめんなさい。驚いてしまって」

 つい考え込んでしまっているところにきてのタイミングだったからなあ。

「何かお悩みの様でしたので声を掛けてみたんですが、御迷惑でしたか?」

 店員は気まずそうに目を背けながら頭を傾ける。

「いえいえ、そんなことはないです。むしろ助かります」

「そうですか、よかった」

 店員さんは安心したのか顔を緩め、にこりと微笑んだ。
 本当は「むしろ嬉しいです」と言い換えたい。

 なぜなら目の前の店員さんはまさに「美人」という形容が相応しい女性だから。
 長い睫毛にぱっちりとした目。
 すっと通った高い鼻に艶やかな唇。
 個々でも魅力的なパーツが絶妙に配置された小顔。
 それでいながらもくるくると賑やかに変わる表情。
 仕事柄なのか髪は後ろで結わえただけだし、格好もカットソーにカーゴパンツとかなりラフ。
 しかしそれがかえって素材の良さを引き立てている。

 じゃあ聞いてみようかな。
 本当に悩んでいたところだし、これも客ならではの役得だ。

「この洗濯機に興味あるんですけど」

「これはおすすめですよ。何と言っても最新式。それもお買い物サイトでも人気上位の定番品と言える品ですから」

「具体的にはどんな風にでしょう。他の型落ち品と比較しても性能自体は同じに見えるんですけど」

 店員さんが即座に答える。

「まずこの製品は他製品と比較して一〇分ほど洗濯時間が短いです。約四〇分で脱水まで終えますが、それでいながら洗浄能力は他製品以上との定評があります」

 頷いてみせると、店員さんは一呼吸置いてから説明を続けていく。

「さらに洗濯機の掃除要らずで除菌能力や節水能力にも秀でてます。この辺りの具体的な説明は省略したいと思いますが、お聞きになりたいですか?」

「いいえ、結構です。きっとよくわからない単語が飛び交うんでしょうし」

「ふふ、恐らくそうなると思います」

 店員さんが軽く微笑む。
 俺の緊張を解くため、わざと聞いてくれたのだろう。

「失礼ですが御客様は御結婚なされてます?」

「いえ、独身の独り暮らしですが」

「なら、これは絶対にオススメです。乾燥機能が違いますから」

「乾燥機能?」

 店員さんがこくりと頷く。

「ここはきちんと説明した方がよさそうですね。他の洗濯機にも乾燥機能は付いてますが、どれも【簡易】と書かれているでしょう」

 店員さんが隣の洗濯機のポップを指さすので、それに頷く。

「簡易とこちらに書かれているヒーター乾燥とでは違うんですか?」

「大きく違います。簡易乾燥は冷風で乾かすんですが……そうですね、例えて言えば洗濯物を丸めたままで扇風機の前に放り投げて乾かす感じです」

「それって無理でしょ」

「それがメーカーの謳う簡易乾燥機能なんですよ。でもそんな程度だと結局きちんと干さないといけないから、独り暮らしの人には困りますよね」

 はい、と頷く。
 当然だ、手間と時間が省略できてこその乾燥機なのだから。

「一方でヒーター乾燥の方はきっとイメージ通りの働きをしてくれます。ですが──」

 店員さんはすっと視線をそらし、顔をしかめて気まずそうにする。

「──電気代が簡易よりも掛かるという欠点があります。それもかなり大きく違いますので、外に干せる日は極力外で干すという使い分けがベストです」

「なるほど」

「ドラム型だとヒートポンプ式という、電気代の弱点を克服した商品も販売されてるのですが……この商品で悩むということは、多分ドラム型は置けないんですよね?」

「その通りです。もしこれを買ったとしたら今すぐに運んでもらえるんですか」

「場所次第ですが、どちらにお住まいですか」

「ここから歩いて一〇分程度、コンビニ『ファムマ』の辺りです」

「ああ、それなら車ですぐ運びますよ。それと以前にお使いの洗濯機も、処理代の実費をいただけるのでしたら引き取って帰ります」

 それなら話も早くていいなあ。
 いいように乗せられている気がしなくもないけど。

 どうしようか考えていると、店員さんが顔を横に向けて手で口を抑えた。

「くしゅん……あ、失礼しました」

 なんとかくしゃみを我慢したらしい。

「風邪ですか?」

「いえ本人は元気いっぱいのつもりなんですけど。不安でしたらマスクしてきます」

 ふるふると頭を振って拒否する。
 マスクなんかされたら、その美しい顔を拝めなくなってしまうではないか。 

 でも本当にどうしようかなあ。
 説明を聞いている内にどんどん欲しくなってきた。

「本当につるつるのピカピカですよね」

「ええ、何といっても本日私が磨き上げたばかりですから」

 店員さんがついっと胸を張る。
 そうする事で辛うじて膨らみがわかる程度の薄い胸。
 これがいわゆる『ちっぱい』というやつか。
 ここだけは残念だなあ。

 ──あれ? 店員さんがじとっと睨んでくる。

 そんなにいやらしそうな目をしちゃってたかな。
 話を続けて誤魔化そう。

「本日ですか?」

「はい。朝一番に御客様が売りに来て、その後はごしごしと拭き上げました。もう清潔感に関しては自信満々で売っちゃいますよ」

 店員さんが顔を軽く上げ、高い鼻をさらに高くしてみせる。
 そうですか。
 あなたはこの寒空の下で冷たい水を張ったバケツに雑巾を浸けながら、『頑張れ私。この仕事が終われば夜には愛するダーリンとデートなんだから』とか思いつつ汚れと格闘していたわけですね。
 ……いかんいかん、また妄想に耽ってしまった。

 ──店員さんが眉を吊り上げ、低く重苦しい声を発した。

「御客様。さっきから何を変な事ばかり考えてるんですか」

「え、ええ? なんか気に触る事でも言いました?」

 いや、それ以前に何も口にした覚えはないぞ。

「私、読唇術ができるんです。御客様みたいな口を動かしながら考えるタイプの方ですと、考えてる事はもう全てわかっちゃうんですよ」

 ちょっ!?
 その反則的な特技はなんですか!

「じゃあ、さっきから俺が美人とか色々考えてたのも……」

「はい。そこはあえて流させていただきましたけど嬉しかったです」

 口角を釣り上げいかにも意地悪く笑う。
 もう恥ずかしくてここにはいられないじゃないか。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさああああああああああああああああい」

 足を蹴り出して店外へダッシュ──しようとするも腕を掴まれ制止された。

「こちらこそごめんなさい。ちょっとだけ懲らしめるつもりがやりすぎちゃいました」

 店員さんがふふっと笑う。
 そして指を三本突き出してきた。

「三点ほど訂正させて下さい」

「なんでしょう」

「一つは温水です。こんな寒い日に冷水で雑巾絞るなんてありえません」

 本当に具体的に読めてるよ。
 思わず口を隠してしまう。

「二つ目は、私は『ちっぱい』じゃありません。これが日本人女性の平均です。世の牛みたいな乳した女子は、みんなシリコン入れてるかヒアルロン酸を注入してるんです」

 「それは絶対違う」という言葉が頭をよぎる。
 ……口を隠したままでよかった。
 なぜなら目の前の店員さんは鋭い目つきで睨みつつ、「まさか否定しませんよね」と言わんばかりの殺気を放っていたから。

「では残る一つは?」

「私に今晩一緒に過ごす様なダーリンはいません。むしろ店の前を通り過ぎていくカップル達を横目にしながら『朝っぱらからべたべたくっついてこんな住宅街を歩いてるなんて夕べは一体何をやってたんだ、二人揃ってそこの電柱に頭をぶつけてしまえばいいのに』とか思いつつ、鼻を擦り擦り汚れと格闘していました」

 その端正な顔には似つかわしくない、物騒で怨みがましい台詞が飛び出した。

「そこは嘘でしょう。もう口に出しちゃいますけど、店員さんみたいな素敵な人に彼氏がいないわけないじゃないですか」

「本当ですよ。みんなそう思ってくれるみたいですけど、口にはしてくれませんし」

 はあ、と大きく溜息をついた店員さんは、更に言葉を続けていく。

「実際に声を掛けてくるのは自信満々で俺様なイケメンさんばかり。でもそれはそれで私の方が疲れちゃうんです」

「世の女性が聞いたら怒り出しそうな台詞ですが、何となくわかります」

 同性ですらそういうタイプは一緒にいると疲れる。
 女性で心まで読めるともなれば尚更だろう。

「でしょう? ああ、そうですね。そんな私の怨念が篭められているという点では、この洗濯機はオススメできないかもしれません」

 自嘲する店員さんに思わず失笑してしまう。

「あはは、店員さんって面白いですね」

「一方的に心を読むのは失礼だから極力本音を口に出す様にしてるだけです。まあ、御客様みたいなイケメンを接客できているのが、私のイヴにおけるささやかな幸せですね」

 なんかすごい事を言い切られた気がする。

「イケメン? 誰が?」

 店員さんはついっと俺に指を向ける。

「御客様」

 真顔だ。
 でも信じられない。

「お世辞にも程があるでしょう。生まれてこの方そんなの言われた事ありませんが」

 もしそうなら同性からキモイ顔なんて言われないし合コンだって呼ばれるだろう。
 それに例え周囲に女性がいなくても、街中で逆ナンの一つくらいされてもよさそうなものだ。

「キモイんじゃなくてキレイなんですよ。御客様を合コンに呼ばないのは、呼ぶと全部取られると思うからでしょう」

「さすがにそれはないかと」

 そんなの俺がどうかはおいといても心が狭すぎる。
 しかし店員さんはふるふると頭を振る。

「男の嫉妬って女性のそれよりも陰湿で恐ろしいんですよ。それにいくらイケメンだろうと……いや、だからこそかなあ。自分から逆ナンできる女性なんて早々はいませんって」

「はあ……」

 店員さんが顔をすっと近づけ耳打ちする。

(あそこやあちらの女性も、さっきからずっとちらちらと御客様を見てますよ)

「ええっ!」

 店員さんが指を立てて「静かに」とジェスチャーしてからくすくす笑う。

「本当に気づいてないんですね。まあ私だって誘い水くらいは向けますけど……御客様みたいに女性慣れしてなさそうな自然体のイケメンさんって貴重な存在ですから」

 店員さんの頬がほんのりと赤らむ。

「えーと、それって……」

「御客様こそ信じられませんけど特定の人いないんですよね?」

 心臓をばくばくさせながら期待を込めて次の言葉を待つ。

「それ以上は私の口から言わせないでくださ──は、は……」

 ん? 言葉が途中で止まった。

「──はぁっくしょん」

 なんと豪快なくしゃみ。
 抑えようとしたらしき手は宙に止まってしまっていた。
 悲惨な事に鼻水が洗濯機まで飛び、だら~んと垂れ下がっている。

「え、あ、や、あの」

 店員さんは何か言おうとするが言葉にならない。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 そして顔を両手で隠しながらしゃがみこみ、泣き出してしまった。

 どうしよう。
 ハンカチを差し出すが、こちらを見てないので気づかない。
 じゃあ、この洗濯機を拭こう。
 飛んでしまった鼻水に目をやる。
 すると鼻水には大量の細かい毛が混じっていた。

「これは……鼻毛?」

「口に出さないで下さい! もう嫌! 独り身のイヴでもせめて女子らしくしようと気合い入れてグルーミングしたのに。その洗濯機の中に隠れたい、いやいっそ死なせて」

 ああ、何となく事情が読めた。

 カットした鼻毛を完全に拭い去るのは難しい。
 もちろん洗いも拭き取りもしただろうけど、それでもだ。
 そこにきてこの冬場の乾燥した空気。
 変な形で貼りついて大量に残ってしまったというところか。

 最初に見つけたあれも鼻毛だったのだろう。
 鼻を擦っていたらしいから、わずかな拭き残しが指を介してくっついてしまったのだ。
 そして室内は暖房も加湿器も十分に効いている。
 恐らく貼りついていた鼻毛が元に戻ってしまい、鼻腔内をくすぐったのだろう。

「まあ、こんなのは誰にでもある事ですから」

 そのタイミングはともかくとしてだが。

「そんなわけないじゃないですか。こんな恥ずかしい女に彼氏がいなくて当たり前です。だから私は『ちっぱい』なんです」

 いや、そこは全然関係ないだろう。
 もう支離滅裂だ。

「そんなことないですって。えーと、その……店員さんかわいいです」

「もうほっといてください。今日は店閉めちゃいますから出てってください」

 見も蓋もなく泣き叫んでる様は本当に可愛らしく見えてしまうのだが。
 掛ける言葉もなくなり黙っていると、店員さんはどんどん暴走していく。

「どうせ私は独りで売れ残った半額ケーキを食べてるのが似合いな女です。おうちに帰ったら一〇個くらい一気に頬張って死んでやります」

 それだけ頬張るのもそれで死ぬのもさすがに無理だ。

 どうしようかなあ……あ、まずい。
 ついに雪が降ってきた。

 ──ええい、ままよ!

「店員さん、この洗濯機買います。家まで運んで下さい」

「そんな買物の仕方はだめです。ちゃんと自分で納得して買わないと後悔します。こんなみっともなく泣き喚いている女に絆されないでください」

 この状況でその言葉が出る辺り、貴女はプロだ。
 しかしこのままじゃキリがない。
 怒鳴らない程度に語気を強めてきっぱりと申し出る。

「いいから! 早く車を回して積んで下さい!」

 店員さんが顔から手を放し、肩を下げ項垂れながらもようやく立ち上がる。

「表で待っていて下さい」

 そしてか細い声でそう告げると、裏口らしきところへとぼとぼ歩いていった。

 店員さんが自分を恥じて泣くというなら、俺がもっと恥ずかしいところを見せれば慰めになるかもしれない。
 なんせ俺の部屋はただですら腐海の上に掃除のやりかけ。
 本来なら女性には絶対見せられない。
 そんな部屋を掃除してくれる女性など妄想の中にしか存在しない。
 普通は呆れ返って逃げ出すだろう。

 でもいい。
 このまま店員さんが泣きじゃくってるのは見てられない。
 さっきは少しだけ期待したけど所詮は淡い夢。
 店員さん、イケメンと言ってくれてありがとう。
 だけど俺こそ独り半額ケーキを食べるのが似合いの男だから。

                  ※※※
                  
 マンションに到着。
 店員さんが工具箱を手にして、のたのたと車を降りる。
 気落ちしたままなのが明らかにわかる。

「まずは古い洗濯機を下ろして置場を開けましょう」

 ──部屋に到着。
 鍵を差し込みカチャリと開ける。

「どうぞ」

 店員さんが玄関に足を踏み入れる。
 その瞬間、手にしていた工具箱がガシャーンと派手な音を立てながら地面と激突した。

 しかし店員さんは何か言葉を発するでもなく、散らばった工具を拾い集める。
 ただひたすらに黙々と。
 俺にはその動作が彼女の心の内を全て物語った様に見えた。

「こちらの洗濯機ですね」

 店員さんの動きは先程までと打って変わっててきぱき。
 手際よく洗濯槽の水を抜き、水道ホースにアースと外していく。

 あーあ、やっぱりなあ。
 でもやる気だけは戻ったみたいだからいっか。

 古い洗濯機を降ろしてから新しい洗濯機を運び入れる。
 先程と逆の手順で備え付けた後は試運転。
 動作を確認した店員さんがこちらを振り向く。

「これで設置完了です。万一動作不良等のトラブルが生じた際にはお申し付け下さい。お買い上げありがとうございました」

 いかにも事務的な台詞。
 そして事件が起こる前とは打って変わった仏頂面。
 まあ、こんな部屋を見せつけられれば仕方ないだろう。

「いいえ、こちらこそありがとうございました」

 俺の礼を確認した店員さんは出口へと体を向ける。

「では私は店を閉めないといけないので戻ります」

 ちょっ、まだ店を閉めるとか言うのかよ。
 いじけ続けるのもいい加減にしてくれよ。

「気にするなって言ってるじゃないですか!」

 俺はつい声を荒げてしまっていた。
 しかし店員さんはそれを意にも介さない風に、何やら言葉を口にし始めた。

「こんな大量のゴミ袋を一気に出したら管理人に怒られるから私が持って帰って……」

「あの、ちょっと」

「私がいない時でも掃除できる様にこないだ入荷した掃除ロボット持ってきて……」

「え?」

 店員さんがくるりと体を翻す。
 その顔は既に笑っていた。

「だって店を閉めてこないと、部屋の掃除が夜までに終わらないじゃないですか」

「ええっ?」

 まさか、今からこの部屋を一緒に掃除してくれるって言ってる?

「ふふ、御客様って優しいんですね」

「何のことでしょう」

 俺が思考を巡らせた時、店員さんは俺の唇を見ていないはずだが。

「唇読まなくたって、私を本気で気遣ってくれたのはちゃんと伝わりましたよ」

 店員さんは照れたのか、頬がくっきりと赤らんでいる。
 耳までも真っ赤にしている。

 一方の俺も顔が熱い。
 きっと今の俺は店員さんと同じ表情だ。

「いや、その……」

 店員さんが立てた指をついっと俺の唇に当てて、頭をふるふると横に振る。

「わかりますから、ね」

 その言葉に黙って頷くと、店員さんは指を離して軽やかな足取りで玄関へ。

「じゃあ夜まで頑張りましょう。遅くなると半額ケーキも全部売れちゃいますから」

「やっぱりそこは変わらないんですね」

「ええ、所詮は私達って売れ残りの半額ケーキが似合いの二人みたいですし」

 店員さんが部屋の奥へちらっと目線を投げ、その顔を翳らせる。
 この部屋に心底呆れ返ったのだけはやっぱり間違いないらしい。

 しかし店員さんは、呟く様にぼそりと言葉を繋いできた。

「でも──」

「でも?」

 店員さんはちっぱい、もとい胸の前でぐっと両手を握り込む。
 そして猫の様に目を細め、自らの整った顔を鮮やかに花開かせた。

「──二人で一緒に食べれば、世界中のどんなケーキよりも絶対に美味しいですよっ!」