乙女ゲームの総統閣下幼女に転生したアタシがお兄ちゃんを攻略するべく頑張ります!

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短編

 組織「メルヒェン」本部基地内のグラウンド。
 真っ赤な空に太陽が沈みゆく。
 夕暮れ独特のくすんだ光の中で整列する大勢の戦闘員達。
 頭からつま先まで黒タイツに身を包んだ彼らは直立不動の姿勢をとっている。
 頭を僅かに上げ、全員が一点を見つめながら。

 一団の視線の先──講壇に、蒼髪碧眼の少女リーナ=ハスラーが現れた。
 ただしその透き通る程に碧い目は仮面で覆い隠されている。
 リーナは「悪の組織」と世間から呼ばれるメルヒェンの頂点──総統である。

 リーナは背筋を伸ばし、ゆっくりと首を振りながら眼下に並ぶ戦闘員達を見渡す。
 一〇歳という年齢。
 一三五センチの小さな体躯。
 若干袖が長く、一見して服が彼女を着ているかにすら見せる軍服。
 それらの愛らしさを全て打ち消す程に、優雅で堂々とした振る舞い。
 背にした夕陽がさらにそれを引き立て、リーナの存在をより大きく幻想的に見せる。

 リーナは口を固く結んだまま、眼下に並ぶ戦闘員達を見つめ続ける。
 その声が発せられるのを待つ戦闘員達を、ひたすらに焦らし続ける。

 ──春の到来を告げる突風。
 腰の先まで伸びた長い髪が宙になびく。
 その瞬間、リーナは丹田に力を込め、あらんばかりの声を張り上げた。

「同志よ!」

 グラウンド中にリーナの声が響き渡る。
 幼女特有の甘く甲高く舌足らずなキャンディボイス。
 しかし、手下達は恐縮しながら耳を傾ける。
 その呼びかけには彼らにそうさせるだけの重々しい風格が備わっていた。

 リーナが目一杯に手を広げる。

「全ての意思を我《アタシ》のために!」

「全ての意思を総統のために!」

「全ての力を我のために!」

「全ての力を総統のために!」

 手下達の一糸たりとも乱れぬ唱和がグラウンドを揺るがす。
 リーナはそれに応えるべく、天に拳を突き上げる。

「我はこの世界を光で包もう! 同志に等しく安寧と幸福を与えよう!」

「ジークハイル!」

「そして同志に等しく尽くす事を誓おう!」

「ジークハイル!」

「人民による革命を! 人民のための国家を! 人民に正義を!」

「ハイル マインフューラー!」

「さあ同志達、今こそ立ち上がるのだ! 我が理想郷へと向かうために!」

「ハイル リーナ=ハスラー!」

「我がメルヒェンに栄光あれ!」

「ハイル リーナ! ハイル リーナ! ハイル リーナ!」

 巻き上がる歓声の中、リーナが講壇から降りる。
 それを秘書のオットーが出迎えた。

「総統閣下、いつもながら見事な演説でした」

 頂点まで禿げ上がった白髪頭に丸めがねを掛けた初老の男性。
 低く良く通る声が実に頼りがいを感じさせる。
 しかしリーナは思う。
 そんなでっぷり……いや恰幅のいい体型をそこまで畳む様に折り曲げては、腹がつかえて苦しいだろう。
 きっと要らぬ事ではあるだろうが、彼の立礼を見る度に心配してしまっていた。

「楽にせよ、オットー。総統室まで我を導け」

「ハイル!」

 頭を上げたオットーは、まるでエビス様の様にふくよかな笑顔を浮かべていた。
 カールした細いちょび髭が実に空気を緩ませる。
 オットーはその身に似合わない俊敏な動きで颯爽と身を翻し、歩を進める。
 リーナはその後へ続き、数人の護衛に囲まれながら基地内へと向かった。

 ──メルヒェンの科学力を結集して建設した本部基地最上階総統室。

 オットーは入口で下がったので、部屋にはリーナ一人だけ。
 リーナはようやく一人の時間を迎えることができた。
 真っ先に仮面を外し、広々としたデスクの上に置く。
 ふう……。
 リーナはつい目頭を指で押さえていた。

 このマスクは伊達でもなければ正体を隠すためのものでもない。
 リーナの目には「魅惑の魔眼」という能力《ちから》が宿っている。
 「魅惑の魔眼」は一九歳以上の顔、身長などのパラメータにおいて一定以上の値を有する男性を惹きつけて夢中にさせる能力。
 平たく言えばリーナは美青年を喰らう食虫植物の様なものである。
 支配者としては有用この上ない。
 しかしリーナにとっては迷惑極まりない能力でもあった。
 いくら美青年とは言え、ハアハアと息を荒げた男達からいつ何時襲われないとも限らないのだから。
 そのためメルヒェンの科学力をもって作成した仮面によって、普段は魔眼の能力をセーブしている。
 ただ仮面には視界が狭いという欠点があるので、非常に目が疲れてしまうのだ。

 メルヒェンの構成員は、この能力に引き寄せられて集った者達。
 つまり当然に、全員が一九歳以上の美青年である。
 その中にあってオットーだけは例外。
 顔や体型も例外なのだが、彼は魔眼の能力とは関係なくリーナの生まれる前から彼女の父の腹心だった。
 オットー自身は「私《わたくし》も若い頃は皆以上の美青年だったのだから決して例外ではありませぬ」と言い張っているが、その真偽は定かでない。
 そもそも戦闘員達は全身黒づくめなのだから顔なんて見えやしない。
 なのでリーナにとってはオットー含めた配下の容姿なぞどうでもよかった。

 リーナはぐるっと机を回り、背の高い総革張りの椅子を引きずり出して腰掛ける。
 傍から見れば、沈むとか埋もれるといった表現の方が相応しいだろう。

 これでも一〇歳の平均身長なんだけどな……。
 リーナは目を瞑り、歯ぎしりをした。
 もはやこの椅子に腰掛ける際の恒例行事である。

 しかしリーナは本当は一〇歳ではない。
 肉体年齢……いや、この世界では紛うこと一〇歳なのだが違うのだ。
 リーナは一回死んで、この世界に転生した。
 リーナは本当の年齢を思い出していない。
 ただ元の名前が「里奈」であることと一定以上の年齢に達したオトナであったことはおぼろげに覚えている。

 生活の記憶も死ぬ直前の状況しか覚えていない。

 会社から帰宅したらポストに入っていた友人の結婚式の紹介状。
 里奈は高校の同期の中で唯一最後の独り身となることが確定してしまった。
 あまりに情けなくて、あまりに悔しくて。
 「リア充死にやがれ」と呪いつつ、アニメを観ながらイチゴ大福を食べまくった。
 すると──それが喉に詰まってしまった。
 苦しみ悶える里奈は、慌てて流し込もうとテーブル上のビールに手を伸ばす。
 しかしうっかり手を滑らせて缶を倒してしまい、そのまま頭からビールを被りながら死んでしまったのだ。
 三キロ太ってダイエット始めたばかりだというのに、どうしてイチゴ大福なんか食べてしまったのか。
 中学校の時のジャージを上下着たままなのを、これから駆けつけるであろう救急隊員やお巡りさんはどう思うのだろうか。
 部屋も散らかったままだし、洗濯物も溜めているし。
 何より……どうして人生で一度もカレシを作れなかったのか。
 いや、もうカレシとまでは言わない。
 せめて誰かに看取られながら、惜しまれながら死にたかった。
 普段の生活では、育てていたサボテンしか話す相手がいなくなってたから。
 押入には中学時代のポエムノートがあったっけ。
 黒歴史以外の何物でもないのに、どうして捨ててしまわなかったのか。
 薄れ行く意識の中、そうした思いがまさに走馬燈のごとく里奈の頭を駆けめぐった。

 里奈が転生したのは、彼女が死ぬ直前に見ていたアニメ「魔法戦隊ゾクセイジャー」の世界だった。
 「魔法戦隊ゾクセイジャー」は乙女ゲームが原作の戦隊アニメ。
 ゾクセイジャーは国家八州連合を守るためにメルヒェンと戦う正義の集団であり、火水土風のいわゆる四大元素の加護を受けた魔法戦士達である。
 このアニメは乙女ゲーム原作でありながら、恋愛があまりストーリーに絡まないのが男性にもウケて大ヒットを飛ばした。
 ヒロインのゾクセイピンクが他三人の誰かとくっつくのが本来のストーリーであるが、アニメはピンクが誰とも結ばれなかった場合のエンドが元となっている。
 ゆえにバッドエンドなのだが、通常の流しプレイをしている分には大抵誰かとくっついてしまうことから、その筋では真のエンディングルートと呼ばれている。

 前世における里奈は原作をプレイしていない。
 そして、どうしてそんなアニメを観ていたのかも、どうして色々知っているのかも全く思い出せない。
 言えるのは、前世で少なくともそれくらいにはオタクだったということ。
 リーナはこれを思う度に鬱となる。
 ああ……なんて黒歴史……。

 メルヒェンはリーナの父カール=ハスラーが創設した組織で、全ての戦隊物のお約束として世界征服を目論んでいる。
 しかし最後にはゾクセイジャーに負けて実現することはない。
 これまたやはり、戦隊物のお約束である。

 ……そう、いつも負けてしまうのだ。
 リーナは既に幾度となく同じ結末を迎え、そして振り出しに戻っている。
 いわゆるループ。
 リーナは推測する。
 きっとCSのアニメ専門チャンネルで再放送が繰り返されてるのだろう、と。

 具体的には、最終決戦の際にカールの口からリーナとゾクセイレッドが血の繋がった兄妹であることが明かされる。
 レッドは世界平和と妹への愛との間で葛藤に苦しみながら、自らの手でリーナにトドメを刺す。
 そして、「今度生まれ変わったら遊園地に連れて行ってやるからな」と結ぶのだ。
 恋愛物としてではなく、泣かせる戦隊物としてのストーリーと締めくくり方。
 これもまた真のエンディングと呼ばれる由縁である。

 ──机の上のブザーが鳴る、オットーからだ。

「どうした?」

 もっともループしているので用件はわかっているのだが。

「黒崎様がお見えです」

「通せ」

 シュインと自動ドアが開く。
 そこには割烹着を着た「黒崎のおばちゃん」がいた。
 いや……予め知っているから、そこに黒崎がいるとわかるだけ。
 リーナの視界に入ったのは、黒崎の顔が見えない程に長く、黒崎の回した手が届かない程にぶっとい、恐らく野菜であろう何かだった。

「ふうふう。リーナちゃん、こんにちわ」

 その野菜の影から、息を切らせて挨拶する声が聞こえてきた。

「おばちゃん大丈夫か?」

 リーナはその何かを支えるべく、挨拶もそこそこに駆け寄った。
 リーナが手を貸しながら、何かを総統室の入口脇に置く。

「ありがとね。この山芋、今日裏山で取れたばかりなの。戦闘員のみなさんで食べて」

 あまりに巨大すぎてそうは見えないが、その何かは紛う事なき山芋。

「礼を言う。部下共も喜ぶであろう」

「おばちゃん達がこうして健やかに生活できるのもリーナちゃん達のおかげなんだから、これくらいはね」

 黒崎がにこやかに笑う。
 おばちゃんと言っても三〇半ばくらい。
 しかも見た目は二〇代前半で十分通るし、体の線もまったく崩れていない。
 ただ着ている割烹着が所帯臭さを演出しているだけで。
 「おばちゃん」と呼ぶのも失礼に感じるリーナだが、現在は一〇歳の自分と比較すればおばちゃんに違いないから仕方なかった。
 そもそも自分からおばちゃんと名乗ってしまってるし。

「そんなことはない」

 里奈としての記憶を思い出してからは目上に敬語を使わないことに抵抗を感じるリーナだったが、もうそういうキャラなので仕方なかった。

「ううん。放射能で汚染されたこの町を除染してくれたのも、放射線障害に苦しんでいたおばちゃん達を治してくれたのも、リーナちゃんやメルヒェンの人達なんだから」

 この町の名前は恋志摩町。
 十数年前、八州連合を代表する大火山シラフジが噴火した事により、恋志摩町付近にあった原子力発電所が崩壊してメルトダウンを引き起こした。
 しかし八州連合政府は事故の規模を現実よりもかなり小さく発表し、事実をひた隠しに隠した。
 その数字によれば恋志摩町は汚染区域外。
 人が住んでも全く問題ないとされ、住民に補償もしなかった。
 その一方で風評被害やパニック防止の建前を講じて住民の移住を認めなかった。

 その恋志摩町に不時着した宇宙船に乗っていたのがカール達である。
 つまりカールもリーナも地球人ではない。
 地球から三〇万光年離れたメルヒェン星の人間である。

 この地に降りたカールの目に真っ先に入った光景は、放射線障害に苦しみ悶える町民達の姿であった。
 カールが恋志摩島町の残留放射線量を計測したところ、そのレベルは地球人の住める水準を遙かに超えていた。
 急いで集めた情報によれば、事故当時の半数以上が既に死亡。
 カールの見立てによれば残った者も数年以内に死亡するのが明らかだった。
 医師でも科学者でもあったカールは放射能除去装置と救命装置を作り、寝食を忘れて恋志摩町住宅区域の除染と住民の治療にあたった。
 その結果、恋志摩町は滅亡の危機を脱することができたのだ。

 しかしお嬢様育ちだったカールの妻は苦労に耐えかね、八州連合魔法軍司令長官と不倫した挙げ句に長男ファイアーを連れて夜逃げしてしまった。
 リーナとファイアーの兄妹が生き別れることになったのはその結果だ。
 リーナ、メルヒェン構成員、恋志摩町の住人は、そんな妻を持ってしまった事を恥じたカールによって、妻とファイアーに関する記憶を消された。
 一方でファイアーは、自らの不貞を子に知られたくない母によって記憶を消された。
 それが兄妹で争い合う悲劇へとつながったのである。
 リーナはループに気づいた現在でこそ、物語の序盤であるこの時点においても知っているが、初めてその事実を聞かされた時はショックで倒れそうになった。

 メルヒェンの母体は当時のカールの元に集ったボランティア団体。
 カールが連合政府の保健省に協力を要請したところ、「全員死ねば口は塞がれるのに、なんてことをしてくれる」と、逆に救助活動を潰すべく妨害工作を仕掛けてきた。
 カールは憤慨し、それに対抗することを決意。
 またオットーを始めとする協力者もカールに賛同し、ただの一ボランティア団体は戦闘力を兼ね備えたメルヒェンとして改組された。
 それ以降「連合政府に反逆する残忍残虐極悪非道な思想集団」として全国中に喧伝されている。

 しかし真実を何も知らない人に何を言われようと知ったことではない。
 リーナは記憶が戻った今でも、父を誇りに思っている。
 そして自ら進んで恋志摩町の復興に協力している。
 その報酬は目の前のおばちゃんの笑顔だけで十分なのだ。

 ちなみに山芋は放射能による突然変異。
 恋志摩町一帯は何かにつけ巨大化したものが採れる。
 そのままでは食べられないが、恋志摩町のあちこちにはメルヒェンの科学力を結集した放射能除去装置が設置されている。
 この装置でクリーニングすることによって完全に放射能を除去できるのだ。
 当然、この山芋もクリーニング済みである。

「それは当然のことだ。でも山芋は大好きだから遠慮無く受け取ろう」

「さっきの演説は格好良かったわよ。お疲れ様」

 メルヒェンでは恋志摩町の住人に施設・行事とも開放している。
 もちろん研究施設や作戦会議など極秘部分を除いてではあるが。
 リーナとしては町の人達に隠す事なんて何もないから。

「そんな改めて言われると照れてしまうではないか」

 リーナがはにかみながら頭をかく。
 さっきの演説で見せた威厳は全くどこへやらである。

「これはおばちゃんからの御褒美よ」

 黒崎が肩に掛けていたクーラーボックスを下ろして蓋を開ける。
 その中にはびっしりと氷が敷き詰められ、中央にラップのかかったお椀が見える。
 黒崎はそっと包む様にその椀を取り出すと、リーナの前に差し出した。

「はい、リーナちゃんの大好きな冷やしとろろ汁」

「うっわ~、いただきますっ!」

 リーナは自らが総統であることを忘れ、完全に一人の少女に戻ってしまった。
 ひったくる様にその椀を奪い取ると、口をつけて仰ぐ様に啜り始める。
 とても総統と呼ばれる者の振る舞いには見えないが、好きな物は仕方ない。
 キンキンに冷え切ったとろろが喉口に触れる。
 一瞬の涼感。
 その後に押し寄せるコクのある喉越し。
 まるで食道の襞にまで絡みつく様な粘りがリーナを至福の時へと誘っていく。
 いいものは何度繰り返してもいいものだ。

 つまり、山芋はリーナの大好物。
 しかしリーナは、にやついた黒崎の顔を見て我に返る。

「し、しまった……」

「いいのよ。おばちゃんはリーナちゃんのその喜ぶ顔が見たくて持ってきたんだから」

 黒崎の台詞で真っ赤になるリーナ。
 でも「また持ってきて欲しいな」とも思うのであった。

 ──再びオットーからのブザーが鳴る。

 こんな重要な儀式を行っている時に、一体何だ。
 いやこれもわかってはいる。
 それでもつい声が重くなる。

「オットー、どうした」

「利根川様、一条様、遠藤様がお見えです」

「通せ」

 リーナは黒崎に気づかれぬ様に、壁の姿見鏡をちらりとチェックする。
 仏頂面になってないだろうか?
 うん、大丈夫。

 シュインと自動ドアが開く。
 そこには割烹着を着たおばちゃん達の集団があった。

「リーナちゃあん!」

「こん!」

「ばんわー!」

 まるで雲霞の群れがごとく、どどっとリーナの元へ押し寄せてくる。

「やめろ! 抱きしめるのはやめろおおおおおお!」

 リーナは女性に抱かれるのが苦手である。
 慌てて離れるおばちゃん達。

「あ、ごめんなさい。でも……」

「だって……」

「かわいいんだもの……」

 正確には女性の場合、胸を押しつけられるのを恐怖している。
 つい、ふくよかなイチゴ大福の感触を思い出してしまうから。
 つまりトラウマである。
 普段、現在の人格が里奈なのかリーナなのかわからなくなってしまっているリーナだが、ここだけは明らかに里奈としてのものだ。
 ただ記憶を思い出す以前から、抱かれるのは照れるので苦手。
 傍から見ればリーナの態度は全く変わらない。

「まったく……」

「リーナちゃん、そんなに膨れないで。お土産持ってきたから」

「お土産?」

 これはリーナもわからない。
 おばちゃん達がここで来るのはわかっているが、お土産を持ってきたことはない。
 リーナが訝しげにすると、おばちゃん達はリーナの前に包みを差し出した。

「はい、揚げたての山芋チップス」

「これは山芋の細切りわさび醤油漬け」

「これは山芋のシュークリーム」

 リーナが絶叫する。

「うああああああああああああ! 我を歓喜で泣き殺す気か!」

 リーナが山芋をこれほどまでに好きなのは、その味や食感もさることながら喉に詰まらせそうにないから。
 つまりトラウマの裏返しである。
 逆に大福や饅頭は天敵でケーキもダメ。
 窒息を連想させそうな食べ物は受け付けない。
 さぞ栄養が偏りそうではあるが、メルヒェンの科学力を結集して開発したサプリメントがあるのでその点は問題ない。

 おばちゃん達がくすくす笑う。
 どれも食べて簡単には喉を詰まらせ無さそうなのがポイント。
 彼女達がリーナのトラウマを知るよしはないが、これまで料理を持ってくる中でリーナの表情から好きな物を判断しているのだ。

「リーナちゃん、まだよ。今テーブルに並べますからね」

 おばちゃん達は総統室の応接スペースに向かい、持ってきた土産を並べ始める。

「黒崎さん、ずるい。一人だけぬけがけして」

「ふふ」

「さあテレビ、テレビ。今日は何やってるかしら」

「コープ開幕戦の中継やってるはずよ」

 コープはプロ野球の球団名。
 ここにいる全員がそのファンである。

「あー、じゃあ見ないと。電源入れてと」

 テレビの画面に真っ赤なユニフォームを着た野球選手達が映る。

「きゃああああああああああああ!」

 年甲斐もなく大声で叫ぶおばちゃん達。
 もっとも黒崎のおばちゃんに限らず、全員が若々しい外見をしている。
 その意味では相応の行為なのだが。

「かっとばせー」

「いけえええ!」

 夢中になったおばちゃん達はリーナのことなぞ忘れてしまったかの様。

 リーナは繰り広げられる喧騒の中、ソファーの隅にちょこんと乗っかる。
 そして「これもいつものことだよな」と思いつつ、山芋チップスにぱくついた。
 幸いにしてこの開幕戦の結果は毎回違うから、リーナも一緒に楽しめる。
 はてさて今回はどうなることやら。

 一見微笑ましい光景ではある。
 しかしこの中にも確実に事故の傷痕は顕れていた。

 なぜならおばちゃん達がみんな若々しいのは放射線治療の副作用。
 放射能は老化を促進するから、メルヒェンの科学力を結集した抗老化剤を絶えず打ち続けなければいけないのだ。

 コープのファンというのもそう。
 地理的に見た場合、恋志摩町は本来コープと縁もゆかりもない。
 それなのに応援するのには理由がある。

 コープがホームとする都市は、かつて他国からの核攻撃を受けて廃墟と化した。
 絶望に打ちひしがれる市民に希望を与えるため地元有志により創設されたのがコープなのだが、そんな球団に選手を集める金なぞあろうはずがない。
 成績は創設以来ずっとぶっちぎりの最下位。
 スター選手が稀に育てば金満球団に奪い取られるという有様である。
 しかし、そんな逆境にもめげず懸命に頑張るコープの選手達。
 その姿が現在の自分達に重なるから、おばちゃん達は応援しているのだ。

 そこまで思いが至る度に、リーナは胸が締め付けられる。

 黒崎が心配そうに見つめてきた。

「リーナちゃん、大丈夫?」

「ん? 何がだ?」

「だっていつもは料理なくなるまで一気に食べるのに、残しちゃってるから」

 いけない。
 考え事に気を取られ、すっかり手を休めてしまっていた。

「ううん、そんなことはないぞ。おいしい。うん、おいしい」

 リーナは黒崎に向けて朗らかに笑ってみせ、再び料理を平らげ始める。
 皆に悟られてはいけない。
 自分は総統、気丈に振る舞わなければ。
 それがまた皆に希望を与えることでもあるのだから。

「……リーナちゃん」

 黒崎が再び、今度は言葉を溜めた様に呼びかけてくる。

「ん?」

「ありがとね」

 いきなり御礼を言われてもリーナには何が何やらわからない。
 こういう時は愛想笑いを返しておけばいいか。

「えへへ」

 リーナは頭をかいてから、話を誤魔化すかの様にテレビの画面へと目を向けた。

 

 かしましいおばちゃん達が帰宅。
 オットーが応接回りの掃除をした後、リーナは再び独りの時間を迎える。

 ホント恵まれてるよな……。
 リーナは総統席の椅子に埋もれながら感慨に耽る。
 ループに気づいてからは、より一層この生活のありがたみが身にしみる。

 前世のどうしようもなく哀しく寂しい末期。
 それと打って変わって、今生では大勢の人達に囲まれている。
 しかも敬われ、親しまれ、可愛がられながら。

 リーナは前世とループに気づいてから、しばらくこう思い続けてきた。

 この生活は前世を見かねた神様がきっと気紛れで与えてくれたもの。
 これが男性なら、童貞ニートで三〇歳を迎えてトラックに轢かれて死ねば、神様から美しい外観と特殊な力をもらった上で理想郷《アーケイディア》へ導かれるという伝説は聞いたことがある。
 もちろん信じてなぞいなかった。
 でも、伝説は実在したのだ。
 女性だから条件が微妙に異なっただけなのだろう。
 確かにある一定期間の繰り返しではある。
 だけどおばちゃん達の土産やナイター中継みたいに何から何まで全くなぞる様に同じというわけではない。
 退屈しない程度には同じ毎日を楽しめる。
 ファイアーに倒される最期だって苦痛は感じない。
 「終わった」と思った時には既に振り出しに戻っている。
 だったらループしてたって脱出なんかする必要はない。
 むしろ脱出なんてしたくない。
 せっかく手に入れた楽園。
 取るに足らない自分がお姫様として扱われる世界。
 この幸せな時間が終わらないで欲しい。
 ずっとずっと続いて欲しい。

 リーナは自らの願い通りにループをずっと楽しんできた。
 ……しかし、何時の頃からだろうか。
 それはきっと前世とループに気づく前から。
 リーナの中にはただ漠然とした不満が育っていた。
 例えて言うなら、何かぽっかりと空いてしまっている様な。
 そう、物足りない。
 でも何が足りないのか、リーナ自身にはわからなかった。
 こんなに満足した日々を送っているはずなのに。

 ループの終わりを迎える度、つまりレッドに倒される度、その不満はゆっくりと、しかし確実に大きくなっていった。
 そして、あるループの終わり。
 レッドの言葉を耳にしながら意識が薄れ行く中、遂にリーナはその足りない物が何であるかにはっきりと気づいた。
 同時にそれは、リーナが抱いてはならない禁断の感情を自覚した瞬間でもあった。

 ──お兄ちゃんと結ばれたい!

 リーナがそれに気づいた時、もう胸の高鳴りは止まらなくなっていた。
 もしかしたら前世でレッドのファンだったのかもしれない。
 ループを繰り返す中で、戦う者同士にしか通じぬ何かを感じ取ったのかもしれない。
 理由づけようと思えばいくらでも理由は思いつくのだから無理はない。
 いや、何もなくたって、その理由を作ってしまうだろう。
 それくらいにレッドを好きになっていた。

 もっとも、それは「恋」というにはあまりに稚拙で淡い願い。
 なぜならリーナが望むのはたったこれだけ。
 殺される前に、お兄ちゃんに遊園地に連れて行ってもらいたい。
 わずかでもいい、兄妹としての一時を過ごしたい。
 そして……できれば……レッドに「お兄ちゃん」と呼びかけたい。
 あなたには妹がいる。
 その妹はこんなにもあなたを慕っている。
 それを知ってもらいたいだけなのだ。

 遊園地の向こうには光り輝くお城が見えるが、決してそこに連れて行かれることまで望んではいない。
 リーナはメルヒェンの科学力を結集した睡眠学習装置によって英才教育を受けているので、そのお城で男女がどんなダンスを踊るのかも当然知っている。
 それが恋する二人の自然に行き着く地だということも。

 リーナは自分でも不思議に思う。
 リーナとしては血を分けた妹だし一〇歳の幼女だからこれで当たり前。
 でも里奈としては他人でオトナである。
 現在のリーナの中には里奈とリーナの人格が二つ別々に存在しているのではなく、両者が融合した一つの人格として存在している。
 ならばお城に行きたがる自分がいたっておかしくないはずなのに。

 恐らく……里奈は処女どころか、男性とデートすらしたことがないのだろう。
 きっと「好きな人と遊園地」というのが、リーナと里奈の共通の願いなのだ。
 その推測に至った瞬間、リーナは自分で自分が哀れに思えた。

 しかしリーナにとって禁断の恋であるには変わりない。

 例え倫理的には実妹として許される程度であったとしても、それ以前にリーナはレッドと敵対するメルヒェンの総統である。
 戦闘員全員が「打倒ゾクセイジャー」を叫び、メルヒェンの理想実現に燃え、来るべき戦いに向けて訓練に励んでいるのに、どうしてそんなことが口にできようか。
 それはまさにあるまじき気持ちだった。

 そもそも、シナリオが予め決まっている中でのループ。
 細かい部分は別としても大筋としてストーリーが変化したことはない。
 だからこの恋も実現することはないし、諦めるしかない。
 リーナはそう考え、自らの想いを押し殺してきた。

 ………………はずだった。

 今回のループは冒頭から異変が起きた。
 なんと父カールが死んでしまったのだ。
 ループと言ったって毎回毎回なぞる様に全く同じというわけではない。
 おばちゃん達のお土産然り、ナイターの結果然り、「ゆらぎ」は存在する。
 それが今回はとんでもないレベルで発現してしまったらしい。

 尊敬する父の死。
 それはもちろん哀しかった。
 しかしその死は、悲哀以上に大きなショックをリーナに与えた。

 なぜなら、今回のループは絶対に結末が変わるのだから。
 物語上、カールは影の総統──つまりラスボスとして最終回に登場するだけ。
 それも戦うのはリーナの死後である。
 しかしリーナの生前においてもその役割は非常に大きい。
 何と言ってもレッドに真実を告げる役なのだから。
 少なくともレッドがリーナを妹と知ることがなくなってしまうのだ。

 だからリーナは覚悟した。
 今回がループの終わりなのかもしれない、と。
 そして決意した。
 ならば我は今生こそ想いを遂げよう、と。

 しかしそれは総統としての責務を放棄する、というわけではない。
 今度こそゾクセイジャーに打ち勝ち、世界をメルヒェンの掌中に収めるのだ。
 その上でゾクセイジャーに手を差し伸べよう。
 一緒にこの世界を守っていこうと。
 そしてメルヒェンが理想とする清らかな汚れなき世界が実現した時、レッドに全てを明かして遊園地に連れて行ってもらおう。

 世間が自分達を悪と呼ぼうと、自分達は自らを正義だと思っている。
 そして八州連合及びその魔法軍はともかく、ゾクセイジャーに限ればレッドはもちろんブルーもイエローも自分達と通じる正義感を抱いていることもわかっている。
 だから……話せばきっとわかるはずだ。
 しかし話を聞いてもらうためには圧倒的優位な立場を築かなければならない。
 そうしなければ降伏を求められるだけだから。
 それが戦いの現実だ。
 だからリーナはこれから始まる戦いにおいて、総統としての仕事に全力を費やす。
 そう堅く心に決めていた。

 また、リーナには勝つための切り札がある。
 リーナの体内には光属性と闇属性の種が埋められている。
 いずれも究極とも言える魔法の種が、である。
 血を分けたレッドが魔法を使えてリーナに使えない道理はない。
 ただしそれには封印が施されており、ある条件を成就しなければ開放されない。
 いつもはこの切り札を出す前にレッドに殺されていた。
 しかし物語が変化することによって封印が解除されれば……。
 リーナはこの点でも、これから始まる戦いに対して期待を抱いていた。

 リーナはぼやく。
 そもそも封印なんてしなければとっくに勝てた戦いだろうに。
 カールが魔法嫌いなのだから仕方ないが、もうそういうお約束と割り切るしかない。
 だが今回こそは。
 なんとしてもゾクセイジャーを屈服させ、そして手を結ぶのだ。

 しかしピンクだけは別である。
 ピンクは普通の女子中学生にすぎなかった。
 それがたまたまなりゆきでゾクセイジャーになっただけ。
 もちろん自らの戦いに理念も信条もない。
 考えているのはヒーロー達の攻略だけという脳内お花畑満開の女だ。

 リーナはピンクを嫌っていた、憎んでいた、恨んでいた。

 口では平凡な女子中学生とか言ってるが、客観的に見ればかわいい部類だ。
 いや、顔の整い具合だけなら中の上程度だろう。
 しかし男のツボを突く顔なのだ。
 美人と男ウケする顔は同じ様で違う。
 それは世の多くの少女マンガや乙女ゲーム……いや、現実においても一山いくらとまで言われるアイドル集団が身を持って語る通りである。
 そしてそういう女は美人よりも男に親しまれる、男に人気がある、男にもてる。
 なんせ生まれながらにして男性に媚びる術を身につけている様なものなのだから。
 そのくせ「あたしなんて」だの「男友達すらいない」だの「恋人いない歴イコール人生を過ごしてきた年数」だのとわざとらしく卑屈げにぼやいてみせる。
 大体そういうのは「かわいすぎて声が掛けられなかった」というオチなのだ。
 ああ、くだらない。
 なんて安っぽい。
 それがゾクセイジャーの一員になるや、いきなりサカってレッド・ブルー・イエローの三人を攻略し始める。
 三人のエンドが用意されてるということは、それすなわち三人の誰でもいいということじゃないか。
 確か三人全員と結ばれるエンドまであったはず。
 そんな女が我からレッドを奪うな!
 このビッチオブビッチイズワーストビッチオブザビッチが!

 ハア……ハア……。
 リーナはすっかり息を切らせてしまっていた。
 いつもこうだ。
 ピンクの事を思い出すと我を忘れてしまう。
 自分でもみっともないとは思うが止められないのだ。

 特に今回はラストが変わる可能性がある。
 それすなわちピンクがレッドと結ばれる可能性もあるということだ。
 そんなの絶対に見たくない。
 ならはピンクはには物語からご退場いただこう。
 妹として女として、ついでに総統として、無理矢理にでもそうさせてやる。

 リーナが時計を見る。
 そろそろ作戦会議の時間だ。
 よし……。

 

 作戦会議室。
 部屋にはリーナと作戦参謀も兼ねるオットーの二人。

 オットーが目を丸くし、慌てた様にリーナへ問う。

「は? 総統、今何とおっしゃいました?」

「今回の作戦を見直せと言ったのだ」

 リーナは改めて無慈悲に「ノー」を告げる。
 オットーが慌てたのはそれは自らの作戦を拒否されて面子を失ったからではない。
 見直すのが面倒だからでもない。
 単にリーナから自らの作戦を否定されたのが初めてだったからである。
 リーナはそれ程までにオットーへ全幅の信頼を置いていたし、オットーもまたそうした自らに誇りを持っていた。
 加えてオットーはリーナへの根回しを怠る程マヌケではない。
 これまでに意見伺いはしてきたが、その際にリーナは何も言わなかった。
 だから一瞬リーナの態度に呆然としてしまったのだ。

 もっともリーナは悪気があったわけではない。
 もし打診の段階で否定しても、結局は大筋で変更のない作戦が上がってくるだろうと踏んだからそうしたのだ。
 いわゆる「歴史の修正力」。
 リーナはそれを恐れていた。
 根本的に作戦を変更するなら、一旦完成してからぶち壊した方がいいと考えたのだ。

 オットーは咳払いをし、改めて問い直す。

「具体的にお聞かせ願えますか?」

 オットーにとってリーナは絶対。
 作戦を立て直せというならそうしよう。
 しかし方針を聞かないことには立て直しようがない。
 いかにリーナが睡眠学習による英才教育を受けていても、経験は全く足りない一〇歳の小娘にすぎない。
 やはり細部においてはオットーが立てなくてはならないのだから。

「まず、今回作る怪人だが……『山芋』以外の材料は思いつかないか?」

 メルヒェンの怪人は戦闘員と食物を、メルヒェンの科学を結集したミキサーによって混ぜ合わせることによって作られる。
 本来の予定は山芋。
 まずはその材料を変えてみたいところだ。

「御言葉ですが総統」

 オットーが前置いてから、自らの意見を述べる。

「怪人の強さはその食物の品質によります。昨日まででしたら再検討の余地もありましたが……本日黒崎様が持ってきてくださった山芋は最高級のもの。あれ以外を材料に使うなど考えられませぬ」

「そうなんだよなあ……」

 リーナはつい、ぼそりと呟いてしまっていた。
 これは以前にも試してわかっていた答え。
 だから黒崎が今日山芋を持ってくるというのは動かないのだ。

「総統、何かおっしゃいましたか?」

「いや、別に? じゃあ戦闘員の方はどうだ。まずどうして三三号に決めたのか、その理由を改めて説明してみろ」

「希望者によるクジ引きです。そうしないと大変な事になってしまいますから」

 オットー言うところの「希望者」とは「戦闘員全員」である。
 怪人になれば戦闘員達は自らの美しい顔を失い、怪人と呼ぶに相応しい容姿となる。
 しかし彼らはそんなのお構いなしに、我こそとこぞって希望するのだ。
 オットーが下手にその中から選んでしまうと戦闘員達の間で妬みや嫉みによる争いが起こりかねないので、やむなくクジ引きにしている。

「そこだ。今回は我が直々に選ぼう」

「そんなことをしてしまってはどうなるか……」

「言わなければわからんだろうが」

「それが総統にある者として相応しい言葉とお思いですか?」

 あー、もううるさいったら。
 オットーは単に秘書というわけではない。
 リーナとしてみれば「じいや」。
 強く言われれば正直頭が上がらないのだ。

 しかしここは強気で言わせてもらう。

「では『最高級の山芋をもらった記念』とでも理屈を付けろ。作戦上明確なメリットを説明せぬ限り、我は退かん!」

 オットーが「はあ」と溜息をつく。

「仕方ないですなあ。じゃあどのようにしてお選びになりますか?」

 リーナがオットーにカツを入れるべく、険しい眼差しを向ける。

「戦闘員の中からネチっこい者をリストアップしろ。それこそメルヒェンに入らなければどこぞの女をストーカーしてお縄になったであろう、美しくもイヤらしく、しつこく、ゲスで粘着質な者を」

「その期待に満ちた視線はなんですかな?」

「はあ?」

 まあ、カツを入れるのはオットーの働きに期待しているからこそではあるが。

「確かに私は美しくもイヤらしく、しつこく、ゲスで粘着質。だからこそ作戦参謀が務まりますし、まさに適役ですが……私亡き後の事を考えると、とてもその……『お前がなれ』という期待には応えられません」

 誰がいつそんなことを言った。
 まずは鏡を見てから物を言え。
 リーナはそう言いたいのをぐっと飲み込む。

「オットー、貴様が美しいのは我も重々承知しておる」

「そこまでおっしゃるのなら仕方ありませぬ、私めが──」

 だああああああああああああああああああああ!
 どこまでめんどくさい!
 リーナはオットーの口を塞ぐべく、慌てて言葉を発する。

「候補はあくまで戦闘員の中からだ。貴様がいなくなったら我は寂しくて困るからな」

「ハイル! すぐに候補を選んでまいります。一〇分程お待ち下さい」

 オットーが嬉しそうに足踏みしながら退室する。
 あの男、わかってておちょくっているんだろうなあ……。
 まあ、これも付き合い長いゆえの愛嬌か。

 
 ──一〇分後、オットーが戻ってきた。

「総統の御希望に添えそうな候補が見つかりました」

「ほお、我がメルヒェンにもストーカーがいたか」

「御自分で要求しておいて何を……ですが総統のお眼鏡には適うかと」

「説明してみろ」

 オットーがファイルのコピーを差し出す。

「番号は四二号。メルヒェンに入る前はアニメフィギュアの作成師です」

 なるほど。
 アニオタに美醜は関係ない。
 しかも世間では犯罪者予備軍と呼ばれるほど。
 さぞ立派なストーカーであったのだろう。

「それで? どんな女をストーキングしたのだ?」

 オットーの説明が続く。

「女性ではありません、男性です」

「はあ? 四二号ってアニオタの上にホモとかゲイとかなのか?」

 オットーが「急ぐな」と言わんばかりに、コホンと咳払いをする。

「正確には四二号の家からフィギュアを盗み出した窃盗犯です」

「ああ……」

 リーナの合点がいく。
 しかし新たな疑問が生じる。

「フィギュアって盗む程高く売れる代物なのか?」

「彼の作るフィギュアは魂が宿っているとまで評されるものでして、最低でも一体一〇万以上するそうです。十体以上盗まれたらしいので、都合百万以上の損害になりますな」

「ひぇ~」

「もちろん四二号はショックだったわけですが、その自らの作ったフィギュアがアニメショップの店頭に飾られてるのを見て更なるショックを受けました。そこでまずはショップに相談したのですが、売主の個人情報については守秘義務を盾にして教えてくれない」

「まあそうだろうな」

「しかも四二号は万一のためにシリアルナンバーを打っていたものの削られていたそうです。だから逆に四二号の方が言いがかり扱いされて追い返されました」

「四二号のものだとすれば、ショップは無償で返却しないといけなくなるからな」

 もちろん盗人に対する請求権は発生するが、もし無一文なら取り立てようがない。
 つまり店は盗品だと認めると大損してしまう可能性があるのだ。

「それで激怒した四二号は閉店後のショップに潜入し、そのフィギュアを売った者の個人情報と売った際のカメラ画像を盗み出しました。その個人情報は盗人本人のものではありませんでしたが、それらを手がかりにして聞き込み、張り込み、尾行などの追跡作業を二年近く行い、ついに犯人まで辿り着きました」

「おお! それは確かにネチっこい」

「しかし四二号が真犯人を問い詰めるも『俺じゃない』としらばくれる」

「それだと情況証拠しかないだろうし、結局犯人の勝ちには変わりないだろうよ」

 オットーが待ってましたとばかりにドヤ顔をする。

「ところがどっこい、四二号がすごかったのはここから」

「まだ続くのか」

「四二号は犯人の近所に移り住み、そこで好青年を演じて近所の奥方達に取り入りました。その上で犯人の一家についてないことないことばらまいて嫌われる様に仕向け、町から孤立させたのです。もちろんその一方でピザや寿司の出前を勝手に送りつける作業も忘れませんでした」

「最悪じゃないか」

「さらに犯人のパソコンのデータを全てネットにばらまき、その中に盗撮した犯人の母や妹の全裸画像や本人の犯罪自慢画像なども混ぜて、炎上する様に仕向けました」

「めちゃくちゃじゃないか」

「そんなこんなで犯人は身も心も家庭も大崩壊。ここで四二号は彼の家に赴き罪を認めるか改めて問いただしました」

「それでどうなった?」

「その場で警察に通報されて四二号の方が逮捕されました」

「何とも言いようのない話だな……」

「もっともすぐに釈放されました。ここでその話は終わりです」

 そもそもそうじゃなければ今頃は刑務所にいるはずだし。
 恐らく証拠を一切残さなかったのだろう。
 きっと四二号は犯人に「俺じゃない」という言葉を投げ返してやりたかったのだ。
 うん、とことんゲスだな。

「よし、四二号でいい」

「ハイル! ……しかし、どうしてそのような者を?」

「山芋だけに粘った方がいいだろう」

「はあ……」

 オットーは怪訝そうな顔をする。
 しかし説明はこの程度でいい。
 もったいぶるのは真相を知っている者の特権である。

 さて次だ。

「それとだな……この計画書には『皇《すめらぎ》学園を襲って生徒を人質を取り、魔法軍に降伏を迫る』とあるな」

 皇学園はゾクセイジャーが所属する学園。
 当然ながらその背後には八州連合政府がいる。

「何か御不満でしょうか?」

「いや、作戦そのものはこれでいい」

「ハイル!」

「ただし人質は男子生徒。絶対に女子はダメだ」

「それは構いませんが……理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

 リーナがにやりとしてみせる。

「どうせなら美少年の苦しみ悶える様を見ながら愉悦に浸りたいと思わぬか?」

「なるほど! それもそうですな」

 オットーがふふふ……と不気味な笑いを見せる。
 これはオットーをおちょくるための冗談で、いかにももっともらしい理由を別に用意してあったのだが……。
 まあいい、それでいいならそうしておこう。
 どっちにしたって嘘なんだし。
 割り切りの早いリーナであった。

 本当の理由は、その人質になる女生徒──桃蓮院《とうれんいん》水樹《みずき》こそが将来のピンクだからである。
 その救出過程でゾクセイピンクとして開眼するのだ。
 だったらピンクを人質にとらなければ、その女生徒がピンクになることはない。
 つまり、ピンクが邪魔なら最初から舞台に上げなければいい。
 リーナは自らの素晴らしき発想に惚れ惚れとしていた。

「よし、それでは実行に移せ!」

「ハイル!」

 

 作戦当日。

 リーナはオットーとともに、司令室から戦闘を眺めていた。
 司令室の椅子も大きい。
 しかし座面が固くて沈み込まないため、総統室の椅子よりも気に入っていた。

 巨大なモニターの電源が灯る。
 現地にはハエを模したカメラとマイクが待機済み。
 また怪人と戦闘員は超小型イヤフォンを着けている。
 そのいずれもがメルヒェン科学を結集して製作された代物である。

 現在の時刻は一二時二八分。
 作戦開始二分前である。
 この作戦開始時間もリーナが決めた。
 この時間なら皇学園中等部は昼休み。
 校庭にはピンクの他にいくらでも人質候補がいるだろう。
 天気は快晴、脅迫日和だ。

「総統、いよいよですぞ」

「くっくっく、楽しみだな」

 司令室に耳障りな警告音が響く。
 作戦開始一分前前の合図だ。
 モニター脇のデジタルタイマーが作動。
 一〇秒前、オペレーターを務める戦闘員がカウントダウンを開始する。

「作戦開始一〇秒前、九……八…………三……二……一……作戦開始します」

〈キー! キー!〉

 スピーカー越しに聞こえる甲高い叫び。
 それとともに戦闘員が駆け足で勢いよく校庭へ侵入した。
 その後をのそのそねとねとと、本日の主役たる怪人がついていく。
 まるでカタツムリの様なのろさだ。

(急いで下さい。早く名乗り上げないと、あのハゲに怒られちゃいますよ)

 手招きしながら心配そうな小声で怪人に呼びかける戦闘員。
 しかし心配しなければいけないのは、無事に生還できた時の我が身の将来だと思う。
 リーナは横目をちらりと向けて、拳をぷるぷると震わせるオットーに問う。

「オットー……こいつ足遅いな」

「山芋ですからな」

 全く理由になってないのに、リーナはなんとなく納得してしまった。

 ようやく校庭中央にたどり着いた怪人が名乗りを上げる。

〈連合政府に告ぐ。我こそはメルヒェン科学の結集たる怪人ヤマイモン〉

「なあ、オットー?」

 リーナが呆れた調子でオットーに問う。

「何でしょうか?」

「名前……もう少し何とかならなかったのか?」

「私なりにハイカラな名前を捻りだしたつもりなのですが」

 ハイカラね……。
 二周も三周も回れば新しく聞こえるものだ。

 モニターの向こうでヤマイモンが続ける。

〈これより皇学園を攻撃する。生徒の命が惜しければ大人しく降伏せよ。まず手始めに人質を……人質を……あれ?〉

 ヤマイモンが校庭に到着する前に、生徒達はみんな校舎に避難していた。
 さらに悠長に呼びかけなんてやっていたものだから……。
 これはリーナも大きな誤算だった。

(そ、総統……どうしましょう)

 ヤマイモンが震えた小声で伝えてくる。
 リーナは苛つく。
 そのくらい一人で考えろ、この指示待ち族め。

「よく探せ。誰か一人くらいいるだろう。こういうときには身の安全よりも好奇心が先に立ってしまったカメラ小僧が校舎の陰にいるものだ」

(ハイル!)

 ヤマイモンは顔を上げ、校舎を指差しながら大声で叫ぶ。

〈戦闘員よ、校舎の陰を探せ。きっと誰かいるはずだ!〉

〈キー!〉

 ヤマイモンの号令に合わせて戦闘員達が校舎に駆け出す。

 しかしリーナは呆れてしまう。
 貴様が大声張り上げなくとも、我の声はみんなに届いてるよ。
 それでも元気よく返事をしてあげる辺り、メルヒェンの戦闘員達って優しいなあ。
 ちょっとほっこりするリーナだった。

〈キー! 生徒発見しました!〉

 リーナの読み通り、校舎の陰に眼鏡をかけた男子生徒が一人いた。
 そのいかにもひ弱そうな生徒は、カメラを構えかけたままガクガクと震えている。
 彼のあだ名はきっと「メガネモヤシ」だろう。
 勝手に決めつけるリーナだった。

〈よし、捕らえよ!〉

〈キー!〉

 戦闘員がメガネモヤシに飛びかかろうとする。
 その時──彼の前に一人の女生徒が立ちはだかった。

〈誰だ!〉

 ヤマイモンが叫ぶ。
 しかしそこにいたのは何の変哲もない至極普通の女子生徒だった。
 ……今のところは、であるが。

 げっ、ピンク!
 いや、桃蓮院水樹!

 リーナが心の中で叫ぶ。
 いったい何しに出てきた。
 貴様を人質に取らずに済む様に、ここまで策を弄したのに。

 水樹はヤマイモンの問いに答えるでもなく、ただカチカチと歯を鳴らしている。

〈女、いったい何のつもりだ?〉

 ヤマイモンが二度目の声を発する。
 ここで水樹がようやく消え入りそうな声を発した。
 しかしそれはヤマイモンに向けられたものではなかった。

〈逃げて……早く逃げて……〉

 オットーが「ほぉ」と感嘆する。

「なんという女性の鏡。是非とも我がメルヒェンに欲しい人材ですな」

 リーナの苛立ちが募る。
 いらないよ!
 それどころかこいつはメルヒェンにとって不倶戴天の敵とまで言える女だ!
 水樹はまだピンクになってないからみんな知らないだけで。
 ちきしょう、オットーまでたらしこみやがって!

 しかしリーナはそうした感情をおくびにも出さず、オットーに返す。

「まったくだ。そのような立派な者を人質にするのも気が引ける」

 続けてヤマイモンに指示を出す。

「女は無視せよ。狙いはあくまで後にいるメガネモヤシだ」

〈ハイル!〉

「ここで同性としてはメガネモヤシ君に男の意地を見せてもらいたいものですな」

 オットーが呟く。

「身を呈してこの女を救うとかな」

 リーナは何気なく、しかし本当にそれを期待しながら返事をする。

 しかしメガネモヤシの次の行動は、その期待を大きく裏切るものだった。
 彼は水樹の背中を両手で押し出す。

「ひ、人質ならこいつでお願いします! ぼ、僕は助けて下さい!」

 ──は?

 司令室の空気が凍り付く。
 いやモニターの向こうのヤマイモンや戦闘員も固まっていた。
 水樹の体の震えは止まり、ただ口をぽかんと大きく開けていた。

 それを知ってか知らずか、モヤシメガネが一目散に校舎へ逃げ込む。

「僕は勉強して超難関の連合政府軍入隊試験に合格しなければならないんだ! こんなところで死ぬべき人材じゃないんだ!」

 リーナは思う。
 連合政府軍のお偉いさんがこんなバカばかりなら世界征服も楽なのになあと。
 もっとも彼については、仮に試験をクリアしたところで連合政府軍が採用する可能性は最早なくなったであろうけど。

 ようやく呪縛から解けたヤマイモンが口を開く。

〈嬢ちゃん、残念だったな。せっかく助けようとしたヤツがあんなクズで〉

 固まったおかげで逆に恐怖を忘れたらしい水樹がヤマイモンを睨み付ける。

〈あたしは彼を助けようと思って助けた、それがうまくいっただけよ。彼だけじゃない、皇学園には絶対に指一本触れさせない!〉

〈勇ましいな。しかし嬢ちゃんが俺に何をできるというんだ?〉

〈何もできないわね〉

 はっ、とヤマイモンが一笑に付す。
 しかし水樹はさらに続ける。

〈だけど時間は稼げる。あなたがあたしを殺す時間だけでも校舎への攻撃を引き延ばすことができる。そうすればきっと連合政府軍が助けに来てくれる!〉

 うざい。
 リーナがヤマイモンに促す。

「もうそいつでいいから捕まえてしまえ。そしてこまっしゃくれた口を黙らせろ」

〈ハイル!〉

 ヤマイモンは返事をすると、息を大きく吸い込み始めた。
 それとともにヤマイモンの体が大きく膨らみ始める。
 二メートル……三メートル……四メートル……。
 もはや怪人ではなく怪獣と呼ぶに相応しい大きさに至る。

「ほお、ここまで膨らみますか」

「山芋だからな」

「なるほど」

 オットーがモニターから目を離さない程度に小さく頷く。
 粘りけ強い方が良く伸びるのは道理。
 つまりそれだけ強力な怪人が生まれるはず。
 これがリーナが粘着質な者を選んだ理由である。

 しかし怪人のパワーアップを図ったのは、それ自体が目的ではない。

 水樹にヤマイモンの影が被さる。
 その可愛らしい顔はすっかり引きつってしまっていた。

〈嬢ちゃん。俺のこの姿を見ても、まだ同じ台詞を吐けるかな?〉

〈く……くるなら来なさいよ!〉

〈ではお望み通りに〉

 ヤマイモンがその手でわしっと水樹の胴体を掴む。
 そしてそのまま校舎に向けて突きつけた。

〈この通り人質はもらった。こいつの命が惜しければ白旗を掲げよ〉

 校舎からばらばらに悲痛な叫び声があがる。

〈水樹がかわいそう!〉

〈水樹を助けてあげて!〉 

〈誰か水樹を!〉

〈メガネモヤシ、責任とれよ!〉

 リーナはそれを聞きながら更なる苛立ちを募らせた。
 水樹が自分で出てきて勝手に人質になっただけじゃないか。
 なんでこいつがここまで同情されるんだ。
 そして、ほんのわずかだがメガネモヤシに同情してしまった。

 水樹はヤマイモンの手を振り解こうとするもびくともしない。
 できるのは足をじたばたさせることだけ。

〈うー、なんてネチャネチャと粘っこいの!〉

〈山芋だからな〉

〈キー! キー! キー!〉

 得意げに笑うヤマイモン。
 囃して煽る戦闘員達。

「総統、いただきましたな」

「ああ」

 これこそリーナがパワーアップを図った理由。
 前回までは粘りが足りなく、水樹に自力で脱出されてしまったのだ。
 あとは連合軍の降伏を待つのみ。
 リーナもオットーも勝利を確信する。

 しかしその時、校舎から三つの人影が現れた。

〈きゃあ、皇学園生徒会よ!〉

〈彼らならきっと何とかしてくれるわ!〉

〈紅蓮《ぐれん》会長様!〉

〈蒼井副会長様!〉

〈えーと……えーと……とにかく書記様!〉

「む……」

 オットーが唸る。

「ちっ、出てきたか」

 リーナが舌打ちする。
 この三人こそがゾクセイジャーである。

 ワイルドな風貌がいかにも熱血っぽいレッドこと紅蓮炎《ぐれんほのお》。
 クールな出で立ちの中にもどこか繊細さを感じさせるブルーこと蒼井涼風《あおいすずか》
 背が低く童顔とまるで小学生みたいなイエローこと……何だっけ。
 他の二人に比べて影が薄いため、リーナはいつも名前を忘れてしまっていた。
 学園の生徒達すら忘れるくらいに元々影が薄いのだから無理もない。

 校舎から出てきた三人は、そのままヤマイモンのところへずんずんと進んでいく。

 蒼井が手を天に掲げる。

〈|高貴なる隠遁者の嵐《ブラインドストーム》〉

 ブルーが奏でた呪文とともに、三人とヤマイモンを囲む様にして砂嵐が巻き起こる。
 これで学園の生徒達からは中の様子が見えない。

 三人が掛け声を上げる。

〈火よ、水よ、風よ、土よ! 万物を司る四大元素よ、我らに力を!〉

 三人がそれぞれ赤、青、黄の光に包まれる。
 その光が消えた時、そこにはゾクセイジャーがいた。

 それを見た水樹がぼそりと呟く。

〈なんてこと、生徒会のみんながゾクセイジャーだったなんて〉

 正体を隠すのは正義の味方のお約束。
 だからブルーも校舎から自分達を見えなくしたのだ。

〈出たな、ゾクセイジャー。相変わらず三人しかいないのに四大元素とか片腹痛いわ〉

 その台詞を聞いたリーナが慌てる。
 バカ! 自分で負けフラグ立ててどうする!
 ここで四人目が誕生すると言ってる様なものじゃないか!

 レッドが忌々しげに吐き捨てる。

〈ふん、その内四人目もきっと現れるさ〉

〈それで連合政府軍代表として降伏文書でも持ってきたのか?〉

 ブルーが鼻で笑ってみせる。

〈ふっ、私達は降伏なぞしませんよ。ここで貴方を倒せばその必要はないのですから〉

〈やれるものならやってみろよ〉

〈では御言葉に甘えて。|遙かへ吹きさる風《ウィンドブラスト》!〉

 ブルーの呪文とともに強風が巻き起こり、ヤマイモンへと吹き付ける。
 しかし風はヤマイモンの体を素通りしていく。

〈ふっふっふっ。たっぷり空気を含んでふんわか膨らんだ我が身に風魔法は効かぬ!〉

〈くっ〉

 レッドがブルーの前に出る。

〈じゃあ今度は俺の番だな。|連なりて突き刺さる炎《フレイミングアロー》!〉

 幾千、幾万もの火矢がヤマイモンの体に突き刺さる。
 しかしその瞬間に炎は全て消えてしまった。

〈ふっふっふっ。水分たっぷりの我が身に火魔法も効かぬ!〉

〈ちっ〉

 イエローがレッドの前に出る。

〈じゃあ今度は僕の──〉

〈レッド、どうやら打つ手がないみたいですね〉

〈そうだなブルー〉

〈僕がまだ──〉

〈ハッハッハ。レッドにブルーよ、降伏する気になったか?〉

 ヤマイモンが高笑いする。
 それを受けてブルーが返答する。

〈いいえ、そんな気は毛頭ありませんよ〉

〈お前達の攻撃は効かぬ。人質はいる。それでどうやって俺に勝つというのだ?〉

 レッドがあぐらをかいて座り込む。

〈人質? 好きにすればいいだろ〉

〈なっ!〉

 ヤマイモンが絶句する。
 しかしそれ以上の反応を見せたのは水樹だった。

〈ちょ、ちょっと助けてよ! それでも正義の味方なの!?〉

〈知るかよ。お前が勝手に飛び出して勝手に人質になったんだろうが。こないだの国語で「自己責任」をテーマにした授業があったばかりなのに聞いてなかったのか?〉

「非道い男ですなあ」

「まったくだ」

 オットーの呟きにリーナが相づちを打つ。
 しかしリーナは心の中で「そうだそうだ」と叫んでいた。

〈それができないから頼んでるんでしょうが!〉

 しかしレッドは水樹の言葉を無視してヤマイモンに話しかける。

〈というわけで、ヤマイモンとやら。そいつ好きにしていいから。ああそうだな……もう少し上に掲げて斜めにしてくれると嬉しいんだけどな〉

 レッドはまるで覗き込む様に水樹を見上げていた。
 いや、正確には別の物を。
 水樹はここでようやく、ブルーが結界のために巻き起こしている嵐によって自らのスカートが捲れ上がっていることに気づいた。

〈ちょっ、やめて! 変態! サイアク!〉

〈水色とピンクの縞パンねえ。中三ならそろそろそういうのは卒業したらどうだ?〉

〈うるさいバカ! 大きなお世話よ!〉

「とことん非道い男ですなあ」

「まったくだ」

 今度は本心から答えるリーナだった。
 他の女ならいざしらず、水樹のパンツをしげしげと鑑賞してほしくはない。

 しかしリーナはこうした事態も想定はしていた。
 もちろんレッドが水樹のパンツを堪能するという事態ではなく、ゾクセイジャーが人質を見捨てた事態の方である。
 粘着質な戦闘員をヤマイモンに選んだのはこの時のためだ。

「ならば構わん。ヤマイモンよ! その女に対して貴様の考えつく限りの嫌がることをねっとりねちっこく味合わせてやれ!」

 ……しかしヤマイモンから返事が来ない。

「どうした? 貴様が窃盗犯にやった様に、男らしくもオトナらしくもない卑怯で陰湿な嫌がらせをやってやれと命じているのだ」

 叱責ともとれるリーナの命令に、ヤマイモンがおずおずと返事する。

〈総統……できませぬ〉

「まさかその女に情が移ったとか言うまいな?」

〈いいえ。現実では女を触るのも初めて。ましてやこれ以上と言われても何すればいいのか思いつきませぬ〉

 リーナは絶句する。
 なんてことだ……ここまでの二次元君だとは。
 こういうのって美青年だろうとなんだろうと関係ないものだなあ。

「仕方ない。オットー、代わりに考えてやれ」

「私がですか?」

「美しくもイヤらしく、しつこく、ゲスで粘着質なんだろう?」

「そうでしたな。では致し方有りませぬ」

 オットーが胸をそらし、毅然と野太い声を張り上げる。

「ヤマイモン。貴様の粘液をその女の全身に塗りつけてやれ」

〈なんてイヤらしい事をお命じになるのですか〉

「イヤらしく触る必要はない。その女を貴様が作るフィギュアと思って、ニスを塗る要領でやれ。もちろん隅から隅までだ!」

〈ハイル!〉

 ヤマイモンが水樹を左手に持ち替え、右手を筆の形に変形させる。
 そして自らの粘液──つまりはとろろ汁を水樹の全身へ塗りたくり始めた。

「オットー……」

 確かに命じたのはリーナ自身なのだが。
 しかしオットーは涼しい顔。

「ヤマイモン、そのくらいでいいぞ。総統、しばしこのまま御覧下さい」

 リーナは言われた通りに、とろろ汁まみれになった水樹を眺める。
 まったく、何が起こるというのだ。

 そのまま数分が経過。

〈うむ?〉

 ブルーが何かに気づいたらしい。
 それとともに水樹が切なげな吐息を漏らす。

〈あっ……う……くっ……いや……〉

 水樹に変化が生じ始めた。
 顔を紅潮させ、息を荒げながら体をもじもじとよじらせる。

「ヤマイモンの粘液には催淫剤でも仕込まれてるのか?」

「山芋ですからな」

 オットーの答えを裏付けるがごとく、水樹が瞳を潤ませる。

〈か……痒い……全身が痒い……〉

 そうか。
 ヤマイモンの粘液はとろろ汁。
 とろろ汁にはシュウ酸カルシウムがたっぷり含まれている。
 このシュウ酸ナトリウムは鋭く尖った針状の結晶。
 これが素肌につくとチクチクして痒くなるのだ。

 イエローがぼそりと呟く。

「かわいそ──」

 しかしその哀れむ声は、言い終える前にレッドによって上書きされた。

「絶景だねえ。ますますそそるじゃないか」

〈こ、この人でなし! あんたはそれでも正義の味方か!〉

〈お前は自分が犠牲になっても他人を助けたいって思ったんだろ? 少なくとも俺はお前のおかげで休憩できて助かってるんだから本望だろ〉

〈休憩? 今、休憩と言った!?〉

〈眼福味わってる分、回復も早いぜ〉

 茶化すレッドの後に、ブルーが軽く冗談めかして続く。

〈ふっ。私達の魔力も無限じゃないんでね。少し休んで回復しないと〉

〈まったくそうは見えないんですけど!〉

 しかしこれはブルーの本音だ。
 なんせ攻撃魔法を唱えた上に結界を張り続けているのだから消耗して当たり前。
 ただブルーがそう見せない様に努めているだけである。

 機を見たオットーが号令をかける。

「戦闘員達よ。メルヒェンの科学力を結集したカメラでその女を撮影しろ。くっきり高解像度の動画をインターネットにアップして世界中にばらまいてやる」

 とても中学生の小娘に対する仕打ちとは思えない。

 戦闘員がカメラで撮影を始める。
 それに気づいた水樹は自らの大きな瞳を潤ませる。

〈いやああああああ! お願い! やめてええええええええええええ〉

「戦闘員達よ。その女を更なる絶望へ突き落とすため煽ってやれ」

〈キー! キーキー!〉

 更なるオットーの命を受けて、戦闘員達がヤマイモンを囲みながら囃し立てる。
 その皆が円になって踊る様子はまるでキャンプファイア。

 リーナはそれを見ながら、肘掛けに肘を立てて顎を手に載せる。

 オットーも次から次へよく思いつくものだ。
 仕事だからやっているんだろうが……。
 水樹には一辺の同情もないが、女子として正直どん引きせざるをえない。

〈さて、そろそろいいかな〉

 ──ん?
 リーナが頭を起こした。

 あぐらをかいていたレッドが立ち上がる。
 そしてヤマイモンに向き直った。

〈ヤマイモン、よくも好き勝手に欲望の限りを尽くしてくれたなあ……〉

 そして指をぽきぽきと鳴らしながら続ける。

〈この代償はでかいぞ。今すぐお前を地獄の底に突き落としてやるぜ〉

〈お、お、お前だって愉しんでたろうが!〉

〈生憎と三歩歩いたら全部忘れる脳ミソしてるものでな〉

「どこまでも非道い男ですなあ」

「まったくだ」

 さしものリーナすら呆れる。
 お兄ちゃん、あなたはニワトリじゃないでしょう。
 その前に三歩歩いてもいないでしょう。
 しかし、そう思ってもツッコミは入れられないリーナでもあった。

 イエローがレッドに同調する。

〈レッド、僕もいく──〉

 しかしレッドは別の方向を向く。

〈ブルー、お前は休んでろ〉

〈私なら平気ですよ、さあ行きましょう〉

 ブルーが立ち上がりかけるもよろめいてしまう。
 レッドがすかさずそれを支える。

〈強がりはよせ。お前が本当に魔力を消耗しているのがわからないと思ってるのか? ずっと一緒にいる俺まで誤魔化せると思うな〉

〈ふっ、仕方ないですね。じゃあ任せましたよ〉

〈ああ、「例の」時だけ手助けを頼む。説明はいらないな〉

〈ええ。ずっと一緒にいますからね〉

 リーナは思案する。
 さて、どうするか。
 本来ならこの時点で既にピンクは覚醒しているはず。
 ピンクは水&氷属性。
 ピンクがヤマイモンを凍らせ、そこにレッドとピンクが合体魔法を講じて倒すのだ。
 そのピンクが未だ覚醒していない……つまり勝機はまだあるはず。

 リーナがモニターへ向け、大声を張り上げる。

「構わん! ヤマイモンやってしまえ!」

〈ハイル!〉

 ヤマイモンが右手を広げ、鋭い針を大量に創り出す。
 それはまさに巨大化したシュウ酸カルシウムの結晶だった。

〈喰らえ! とろろ針!〉

 無数の針がレッドに降り注ぐ。

〈|全てを通さぬ炎の障壁《ファイアーウォール》!〉

 レッドの前方に炎が燃え上がり、針が次々と朽ちていく。

〈ふっ、やるな。しかし俺に貴様の攻撃が通じないのはさっき試した通りだろ?〉

〈ああ。防御はともかく、攻撃魔法は通用しないみたいだな〉

〈だったらいくら守ったところで決着を先延ばしにするだけ。ムダな魔力を使うより、とっとと降伏してしまったらどうだ?〉

 しかしレッドは高笑いする。

〈ハッハッハ、お前はバカか〉

〈はっ、負け惜しみか?〉

〈魔法が通用しないイコールお前に勝てないとか勝手に決めつけてるんじゃねえよ〉

〈何の負け惜しみのつもりだ!〉

〈これからわかるさ〉

 レッドの体が真っ赤なオーラに包まれる。

〈なっ!〉

〈てめえなんざなあ!〉

 レッドがヤマイモンに向けて駆け出した。
 それを見たブルーが立ち上がる。

〈いくぞ、レッド!〉

 呪文を詠唱する。

〈|鋭く切り裂く風の刃《ウィンドカッター》!〉

 猛烈なカマイタチが水樹を掴んだヤマイモンの手を手首から切り離す。

〈うげえええええええ!〉

 レッドが飛び上がり、腕を振り上げる。

〈物理で十分なんだよおおおおおおおおおおおおおお!〉

 レッドの拳がヤマイモンの腹へと突き刺さる。

〈うぼおおおおおおおおおおおおおおおおおお!〉

「しまった!」

 リーナは自らの見落としに気づいた。
 本来スカスカで柔らかく打撃が効かないはずのヤマイモンの体。
 しかし粘りを増したことでその長所が打ち消されてしまったのだ。

〈おらおらおらおらああああああああああああ!〉

 レッドのパンチ、パンチ、パンチ、パンチ。
 何百、何千と繰り出される拳。
 それによって水分が散らされたのか、ヤマイモンの体が萎んでいく。

 レッドが叫ぶ。

〈トドメだ! レッドウルトラスペシャルデリシャスファイナルブロー〉

 レッドの拳がヤマイモンの顔面に食い込む。
 ヤマイモンは激しく吹っ飛び、そして地面の上を何度も弾みながら倒れ込んだ。

 ヤマイモンは一番近くにいた戦闘員に目配せをしてからレッドに向き直る。

〈レッド……俺の負けだ。好きにしろ〉

 レッドがつかつかと歩み寄る。

〈ああ、好きにしてやろう〉

 そしてヤマイモンの頭を踏みつぶした。
 そのままごりごりと踏みにじる。

〈悪いことをしたら土下座ってのが相場だよなあ。ほら学園のみんなに謝れよ〉

〈ご……ごめんなさい〉

〈そんな小さい声じゃ聞こえねえぞ。もっと大きな声で「皇学園の皆様、ゾウリムシにも劣る私ヤマイモンが身の程知らずにも人間様を襲ってすみませんでした」と言え〉

〈謝っただろうが!〉

 頭を上げようとするヤマイモンの頭を、レッドが勢いよく踏みつけ直す。

〈謝るのがイヤなら、代わりに「てぃむてぃむらりほーだっぴょんぴょん」と叫んでもいいんだぞ?〉

〈す、皇学園の皆様、ゾウリムシにも劣る私ヤマイモンが身の程知らずにも人間様を襲ってすみませんでした〉

〈よし、お前はこれからすり下ろして給食のオカズにしてやろう〉

〈そ、そんな……〉

〈「皆様のオカズになれて嬉しいです」と言え〉

〈言えるか!〉

 レッドの声が静かに、低く重くなる。

〈言え〉

〈皆様のオカズになれて嬉しいです〉

〈よし、イエロー。縛り上げて調理室に連れて行け〉

 イエローが嬉しそうに返事する。

〈僕、忘れられていなかったんだね〉

〈当たり前だ。すり下ろしから生徒全員分の配膳まで頑張ってくれ〉

 皇学園の生徒数は中学高校合わせて一〇〇〇人以上いる。
 イエローの声があからさまに沈んだ。

〈わぁい……〉

 オットーがどこか遠い目をしながら呟く。

「ひどい……」

「まったくだ……」

 でもこれが戦いというもの。
 敗者は勝者に何をされても文句言えないのだから。
 それにレッドは好きでこんな下劣な真似をしているのではない。
 あえてそうすることで、「二度と攻撃を仕掛けてくるな」と警告しているのだ。
 ああ、他人を傷つけながらも自らも傷つくお兄ちゃんを癒してあげたい。
 ……などと恋する自分にすっかり酔ってしまっているリーナだった。

 もっとヤマイモンだって、ただ黙ってやられていたわけではない。

「オットー、戦闘員は全員無事に退却したな」

「ハイル! ヤマイモンが身を呈して注意を引き、時間を稼いでくれたおかげです」

 ヤマイモンは敗北を認める前に、戦闘員に退却の合図を出した。
 そして自らが犠牲になることで全滅の危機を救ったのだ。

「オペレーター!」

 リーナの掛け声によって、オペレーターが現場にリーナのシルエットを模したホログラフィーを投射する。

〈リーナ!〉

 レッドが叫ぶ。

 お兄ちゃん、こんにちわ。
 そう言いたい思いを、唇を噛みしめる事で堪える。
 今は兄でも想い人でもない。
 かわいいヤマイモンを倒した憎き敵だ。

「ゾクセイジャー。今日の所は潔く敗北を認めよう。しかし次はこうはいかぬぞ。首を洗って待っていろ」

「いや、もう来るな。倒すのめんどくさいから」

「ヤマイモン、貴様の敵は必ず取る。我も後で行くから、地獄で待っているがよい」

 その声を聞いたヤマイモンが歓喜の涙にむせぶ。

〈ハイル!〉

「我がメルヒェンに栄光あれ!」

 リーナが指をパチンと鳴らす。
 それを合図に、ホログラフィーが現場から消えた。

 リーナは背を背もたれに預ける。
 勝った。
 自分以外には誰も知るよしはないが、この戦いに勝った。
 ついにピンクは最後まで覚醒しなかった。
 この先ゾクセイジャーは三人のままだし、水樹がレッドに色目を使うこともない。
 総統としても妹としても勝利したのだ。
 あーはっはっは。
 リーナは口を塞ぎながら、心の中で高笑いしていた。

 あれ? そういえばまだモニターの電源が点いている。
 電気代がもったいないではないか。

「オペレ──いや、待て」

 なんか様子がおかしい。

 レッドが水樹の元へ駆け寄り、手を差し伸べる。

〈大丈夫か?〉

 しかし水樹はレッドの手を払う。

〈どの面下げて、そんな台詞が言えるの?〉

〈ちゃんと助けてやったじゃないか。お前もこれに懲りたら次は──〉

〈うるさい! あたしのパンツ見て喜んでたヤツから説教なんか聞きたくない!〉

 水樹が叫ぶ。
 その瞬間、彼女の体はピンク色の光に包まれた。

 レッドが後ずさる。
 それを見ていたブルーが呟く。

〈まさか……彼女がゾクセイピンク!?〉

 光が消える。
 そこにいたのは紛れもないゾクセイピンクだった。

 レッドもブルーも呆然としている様子。

「ついに四人目が登場しましたか……」

 オットーの口ぶりは冷静ながらも、その顔はどこか呆けていた。
 しかしリーナはそれ以上に驚いていた。
 え? なぜ? どうして? 何が起こったのだ?

〈なんだかよくわからないけど、さっき自己責任がどうだか言ってたわよね〉

〈俺そんなこと言ったっけ?〉

〈その言葉は全部そのまま投げ返させてもらう〉

 ピンクがレッドに人差し指を真っ直ぐ向ける。

〈|敵を穿つ水の弾丸《ウォーターバレット》!〉

〈うがあああああああああああああああ!〉

  弾はレッドに全弾命中した。
 ただしレッドは傷一つ負っていない。
 まだゾクセイジャーになりたてで魔力が弱かったおかげである。
 ピンクの方は既に変身も解けていた。

〈死んだらどうするんだ!〉

〈あんたなんか死ねばいい、バカ!〉

 水樹はレッドに背を向けて校舎へと歩き出す。

 なんだこの茶番……。
 これも歴史の修正力なのだろうか。
 リーナは開いた口が塞がらないでいた。

 ただ、一つ大きな収獲はあった。
 それはピンクが戦闘に参加しなかったこと。
 その結果、戦闘の展開は大きく変わった。
 本来はピンクがレッドに協力して二人で倒す予定だった。
 それが今回はレッドとブルーの連携、ピンクの出る幕はなかった。
 しかもレッドとピンクは最後に喧嘩までした。
 これは未来にも大きな影響を与えるのではないだろうか。

 うん、今はとりあえずそう思っておこう。

「オペレーター、モニターの電源を落とせ」

「ハイル!」

                ※※※

 数日後。
 メルヒェンにクール宅急便がいくつも送られてきた。
 その送り主欄には【連合政府魔法軍情報部】とある。
 オットーは部下達に検査させた上で、その中身をリーナに差し出した。
 ……お皿に載せて。

「オットー、このコロッケはなんだ」

「奴等からの贈り物だそうです」

 オットーが添えられていた手紙をリーナに差し出す。
 ……何々?

【拝啓 メルヒェン総統リーナ殿
 先日貴殿が襲撃に寄越したヤマイモンですが、「この体をメルヒェンのみんなに食べてもらいたい」との遺言を残して死亡しました。
 つきましては、私にて同氏の体を材料として調理した山芋コロッケを送付させていただきます。
 皆様で召し上がってください】

 リーナは憤慨する。

「コロッケなんて料理の邪道だ。あれはスーパーで古い材料を誤魔化すために作るものだ。連合政府軍の奴等はなんてセンスがないんだ!」

「とりあえず召し上がりを。毒味は終わらせてますので」

 コロッケからは湯気が立っている。
 レンジでチンしたらしい。
 リーナは手づかみでコロッケを囓る。

「う……不味い……」

 そのコロッケは本当に不味かった。
 それはヤマイモンの体のせいではない。
 連合政府軍の油がどうも質の悪いものだったらしい。
 悪い油で揚げたコロッケをレンジで温めれば、胸がむかむかして食べられたものじゃなくなってしまう。

「よくも我の大事なヤマイモンをこんな非道い調理で……奴等に味覚はないのか!」

 しかしリーナは無理矢理に全部を口に押し込んだ。

「総統……」

「許さん、やつらは絶対に許さんぞぉ!」

 頑張れ里奈!
 頑張れリーナ!
 メルヒェンの戦いはこれからだ!