僕がゴミのポイ捨てをやめた理由

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2014-04-30短編

 小田急江ノ島線。
 窓から春の陽射しが差し込んでくる。
 車両には僕達の他に誰もいない。
 ただ座席と窓枠の陰だけが伸びている。

 隣に座っているのは大学のサークルで三つ上の先輩。
 現在は終点片瀬江ノ島に向かっている。
 卒業記念に先輩をモデルとした写真を撮るため。

 先輩は美人だ。
 とにかく美人だ。
 学内で一緒に話していると、周囲の男性がみんな見てるのがわかるくらい。

 ただ、先輩は美人といっても完璧ではない。
 一五〇センチと背が低くて、頭が大きい。
 なので初対面の際に、つい「ちんちくりん」と口が滑ってしまった。
 怒られて当然、なのになぜか「ハッキリ物を言う」と気に入られてしまった。
 心が広いというべきか、世の中色んな人がいるというべきか。

 それ以来、僕は先輩から可愛がられた。
 もっとも、あくまで純粋に後輩として。
 一緒に遊びに行くとかではなく、例えばどうしても手に入らないノートをどこかから仕入れてきてくれるとか、そんな感じ。

 しかも色んな意味で遠すぎる存在の人。
 だから僕も「面倒みてくれる大事な先輩」で割り切っていた。
 誤解してしまえば迷惑を掛ける。
 モヤっとする思いがあったのは否定しないけど、心の底に沈めた。

 でも……卒業してしまえばもう会えなくなる。
 僕の趣味はカメラ。
 せめて記念として写真を残しておきたい。
 そう思って卒業パーティの席でさり気なく申し込んでみた。

 先輩は意地悪げな笑みを浮かべつつ、

「こんなちんちくりん・・・・・・でよろしければ」。

 イヤミ混じりながらも快諾してくれ、現在に至る。

 ──片瀬江ノ島駅到着。

 降りると、まだ少し肌寒い。
 駅の売店で缶コーヒーを買う。

 ──海岸へ。

 季節外れだけあって、僕達の他には誰もいない。
 撮影場所を探すべく歩き始める。

 プルトップを引き上げ、缶コーヒーに口をつける。
 少し冷めてちょうどいいくらいかな。

 隣に並んで歩いていた先輩が、独り言の様に何か呟いた。

「先輩、何か?」

 先輩は黙って首を横に振る。

 コーヒーを飲み干す。
 さてゴミ箱に……ない。
 ゴミ箱がない。

 どうするか。
 海岸はゴミだらけ。
 季節外れの海でもゴミだけは変わらない。
 ならいいや。
 このまま空き缶持ち歩くのもイヤだし、ゴミ箱探すのも面倒だし。
 ポイッと。
 砂浜に缶を投げ捨て、歩き続ける。

 ──あれ? いつの間にか、隣にいたはずの先輩がいない。

 振り向くと先輩は立ち止まっていた。
 引き返して先輩の所まで戻る。

「どうしたんですか?」

 先輩は何も答えない。
 ただ口を半開きにして歪めながら、僕を見つめている。
 一応笑ってはいるけど、まさに苦笑い。

「どうしたんですか?」

 しばらく待っても返事を返してこないので、尋ね直す。
 いや……薄々はわかってるんだけど……。

 先輩がチラっと砂浜に目を向ける。
 その視線の先には、僕の投げ捨てた空き缶があった。

 わかってるよ。
 僕だってマナー違反ってことは。
 でもゴミ箱ないんだから仕方ないじゃんか。

 それにムカつく。
 気に入らないならハッキリ言えばいいじゃないか。
 そのあてつけがましい態度はなんだよ。

「み──」

 んなやってるじゃないですか。

 そう言いかけた瞬間、先輩からプレッシャーを感じた。

「その先を続けたら、あたしは帰るよ」

 口に出してないのに、ハッキリそう言ったのがわかった。

 先輩は何も言わない。
 動かない。
 ただひたすらに責める様な目で見つめてくる。
 先輩の怒りがどんどん増しているのがわかる。
 美人がゆえに余計怖い。

 ……もう堪えきれない!

 投げ捨てた空き缶を再び拾う。
 その瞬間、先輩を包む空気がふっと和らいだ。

 でもこれどうしよう。
 駅に戻って捨てるしかないよな。

「先輩はここで待っててください」

 駅から結構歩いちゃってるし、付き合わせるのは悪い。

 駅へ向かって歩き始める。
 すると先輩がちょこちょこと歩いて、隣に並んだ。

 立ち止まる。
 先輩も立ち止まる。

 ……あの。

「待ってて下さいってば」

 先輩は何も答えない。

 再び歩き始める。
 先輩も歩き始める。

 再び立ち止まる。
 先輩も再び立ち止まる。

「疑わなくても、ちゃんと捨てますから!」

 やっぱり先輩は何も答えない。
 ただ無表情で俺を見つめるだけ。
 何だって言うんだ。

 ──駅に再び到着。

 缶をゴミ箱にポイ。

「よし」

 ようやく先輩が口を開いてくれた。
 その顔は笑っていた。

 ──再び海岸を歩き始める。

 駅からは二人ともずっと無言。
 今になって罪悪感が襲ってきた。
 僕は先輩の前で、なんて真似をしたのだろう。
 気まずくて恥ずかしくて口を開けなかった。

 すると先輩の方から話しかけてきた。

「いつまでクヨクヨしてるのさ」

「だって失敗しちゃいましたし」

「自分が間違ってたってわかってるんでしょ?」

「はい」

「反省してるんでしょ?」

「はい」

 先輩が立ち止まり、微笑んできた。

「ならいいじゃん」

「はい?」

「間違いってのは反省するためにするんだよ。同じこと繰り返さない様にさ」

「でも先輩の気分も害しちゃいましたし」

「はは、どうでもいいよ。初めて会った時から害されっぱなしなのに」

「先輩!」

「ただ、あたしは湘南に生まれ育った身。海を汚されるのはイヤ」

「すみませんでした」

「そしてあたしの隣を歩く人には、あんなカッコ悪い真似をしてほしくない」

「そうだと思います」

 きっと歩き飲みも含めてですよね。
 こうして口に出された今、最初の変な態度の理由もハッキリわかります。

「だから、これから・・・・は注意してね」

 ──これから?

 僕が先輩の妙なイントネーションに気づく。
 その時既に、先輩は波打ち際へと駆け出していた。

 先輩が、海を背にしながら大声で叫ぶ。

「ちんちくりんなりに頑張るからさ、ちゃんとキレイにとってよね!」

(了)