本記事は、警視庁捜査1課長が東京MXの女性記者を、剣道の試合で乱打したという「週刊文春」報道に対するコメントです。
結論から言うと、「U課長を陥れるために作られた記事ではないか」というのが正直な感想です。
また記事の前提として「A記者さん、お疲れ様でした。お大事に」と予め述べさせていただきます。
A記者さんが試合で怪我をしたのは紛れもない事実ですので。
事件の概要
週刊文春の報道(ダイジェスト版)
警視庁捜査1課長が竹刀で23歳美人記者をボコボコ
週刊文春のサイトからは削除されています。
このU課長は、ある意味において警察の頂点に立つ方であると言えます。
ざっくりしたあらまし ~剣道の素人を竹刀で乱打
2017.1.26 警視庁17階の道場において警察幹部と記者クラブの剣道親善試合が行われる
U課長とMXの記者Aが試合。
試合自体は数分でしたが、途中から上野さんが彼女の腕を目掛けて、チャンバラのように”横打ち”で執拗に連打し、彼女をボコボコにしたのです
(引用元:週刊文春2017/2/23日号)
↓(本文中ではつながっていますが、サイト掲載部分とあえてわけて引用します)
「防具に覆われていない生身の腕が打たれ、バチン、バチンという音が道場に響いていました。彼女は身長が150センチ台で細身の体型。『大丈夫なのか』という雰囲気が漂い、道場はシーンと静まり返りました」(その場にいた警察関係者)
(上記サイトより引用)
↓
A記者は全治三週間の怪我。
以下では、「ボコボコにした」行為についてと、記事全体と、感想をわけて記します。
女性記者を竹刀でボコボコにしたという行為についての感想
それこそボコボコに叩かれているU課長。
でもU課長は本当に悪いのでしょうか?
私としては、それを判断するには「ピースが足りない」といった感じです。
そもそもU課長は剣道の経験者なの?
U課長が悪いと明らかに言い切れる状況はあると思います。
例えば、U課長が剣道の有段者だった場合。
相手が素人なら、手合わせすればすぐわかります。
この場合は手加減するのが当然ですし、程々に打たせたところで2本とって終わりでしょう。
(初段クラスでも素人との差は圧倒的ですので)
もし記事の通り乱打したら「鬼」そのもの。
文春の見開き飾るほどの内容かはともかく、道義的に非難されるのもやむをえないでしょう。
しかし、実はU課長が経験者であるかはどこにも記されていません。
A記者が素人であることは書かれているにもかかわらずです。
もしU課長も素人ならどうでしょう?
なぜAさんのような素人相手に上野さんが異様な攻撃性を見せたのか、誰もが不思議に思っています(警察関係者)
(引用元:同週刊文春)
このコメントは当てはまらなくなります。
書いてないからU課長は一見して剣道の経験者に読めますが、そんな事実はどこにも書いていません。
むしろA記者を素人と書くことでU課長を玄人と誤認させるもの。
これは都合の悪い真実を誤魔化すときに使われる文章テクニックです。
だとすれば、素人同士の試合ならこんなものじゃないですか?
自分も素人なら、手加減の仕方だってわからない。
相手が上手いか下手かもわからない(上手い人から下手なのはすぐわかりますが、逆は案外わからない)
もしA記者が素人と聞いていなければ、代表に出されるくらいだから玄人と思うかもしれませんし。
そもそも記者クラブがA記者を代表として出すのがおかしいと考えるのは、私だけじゃないと思います。
懇親試合なのはわかる。
でも、だったら、懇親試合になるような相手を選ぶのがスジじゃないでしょうか。
女性を出した方が華やぐというのなら、警視庁・記者クラブ双方とも、それに見合った相手(=手加減できるほど手慣れた人)と組ませるよう打ち合わせくらいしておくべきです。
刑法35条「正当行為」を述べるのは悪なの?
U課長は、次の通り述べたと非難されています。
試合で相手が怪我すると怪我をさせたほうは何か問題あるんですか?
(引用元:週刊文春同)
これは刑法35条の正当行為を述べただけです。
第35条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
スポーツにおける試合も正当な業務に含まれます。
例えば「あしたのジョー」で矢吹丈が力石徹を試合中殺してしまった行為は、同条により罪となりません。
(なお、剣道で足など明らかに打撃を予定していない場所を攻撃した場合は傷害罪の成立する余地があります。腕の防具で覆われてない部分を打撃するのは不可抗力で普通にある光景、まず成立しないでしょう)
捜査1課長としては当然出てくるはずのコメントです。
どうして文春はこのことを書かないのでしょうか?
A記者の親族は次のように話したとされています。
傷害事件よね。
本当だったらもっと大事件になるけど相手が相手だし。
(引用元:週刊文春同)
違います、先述の通りです。
大事件にもなりませんし、相手が誰であっても罪になりません。
もちろん、かような態度は人情味なく映ります。
人として次の一言はあるべきと考えるのが通常人の感覚でしょう。
しかし懇親試合と言えども公務。
責任の所在はU課長ではなく警視庁にあります。
だから、警視庁はA記者のところへ謝罪に赴いているわけで。
警視庁の人が謝りに来たって言っていました。(A記者の親族)
(引用元:週刊文春同)
警視庁が揉み消そうとしているならともかく、組織として非を認めて謝罪をしている。
こんな状況でU課長が「謝罪したくない」と言っても許されないわけで。
問題ないと判断したから行かせてないのか。
もしかしたら「警視庁の人」はU課長なのかもしれない(それでも嘘を書いたことにはならないでしょう)。
その辺りが詳しくわからない以上は、何とも言いがたいものがありますが……。
U課長がマスコミに向けて迂闊に話せる状況でないのは推察されます。
仮にA記者に謝っていたとしても言わないでしょう。
警視庁の対応に落ち度あると思われない以上、見開き2ページ使って書くことなのか正直疑問です。
動機が謎すぎる
そもそもU課長は、どうして乱打したのでしょう?
サイトでは省略されていますが、元記事にはこうあります。
途中から上野さんが彼女の腕を目掛けて
「途中から」とあります。
だったら、ここに何らかの契機があると思います。
例えば、
もし、こんな理由なら、どれだけ叩かれても仕方ないでしょう。
そして文春もそう読ませたいのでしょう。
でもそんな異常者なら、マスコミで叩く云々以前に精神病院へ叩き込まれるべきです。
所詮は本人の頭の中。
表面上異変が明らかなのに、その理由が示されていない。
ただモヤモヤが残るだけです。
なお私の想像はこんな感じ。
決して褒められることではありませんが、やはり文春見開き2ページで私刑がごとく叩かれるほどのことじゃないと思います。
動機が示されないのに結果だけ示されている。
まるで出来の悪いミステリを読ませられている気分です。
まとめ
A記者が怪我をしたのは事実ですし、かわいそうな出来事であるのは間違いないでしょう。
しかしU課長を責められるかは話が別。
味方するにも叩くにも材料が足りない。
それなのにここまで一方的なのは裏がある、そんな風に考えてしまいます。
記事全体の感想
記事の構成
記事全体の構成は以下の通りです。
- U課長就任の状況
- ボコボコにした当日の状況
- A記者の症状・経歴などの紹介
- U課長の評判
パワハラ・強権をちらつかせる・手柄の横取り・上層部への太鼓持ち - U課長のコメント
- A記者の親族のコメント
傷害事件よね - 警視庁広報課のコメント
回答を差し控えます - MXのコメント
回答を差し控えます
誰も恨み言を言っていない違和感 ~この記事って、いったい誰得?
この手の記事では、大抵誰かが恨み言を述べます。
だからこそ記事になるし、あるいはリークする。
しかし本記事では、誰も恨み言を言っていません。
A記者の親族も「かわいそう」とはしつつ「しょうがない」としています。
「本来なら重大事件よね」というのを恨み言と受け取るなら「刑法35条がありまして」で終わる話。
それをあえて避けていることから、次のようにも受け取れます。
だから刑法35条の問題点を考え、これを無視してU課長に頭を下げさせるべき。
……んなわけありませんよね(笑)
こじつけにしか読めないU課長の評判
注目すべきは「U課長の評判」。
パワハラはまだ事件を連想させるからともかく、他はなんか関係ありますか?
しかもこじつけっぽい。
強権をちらつかせる
前出の記者会見で、U氏(※記事では実名)は印象に残った事件として、一四年二月に都内で発生したアンネ・フランクの関連書物に対する連続器物損壊事件を解決に導いたことを挙げた。
その頃、上野氏は千代田区内の官舎に住んでおり、毎晩のように記者が取材のため帰宅を待っていました。ある日、上野氏が酔って帰った時、男性記者が声をかけたところ、上野氏は「敷地内に入ったから住居侵入罪でパクるぞ!」と激怒。皆、唖然としていました。(別の社会部記者)(引用元:週刊文春同)
むしろ「にこにこ応対してもらえて当たり前」と思っているかの記者達の方が非常識に見えますが。
たかが酔っ払いの戯言じゃないですか。
しかも仕事で疲れて帰ってきてるのに。
怒鳴られて当たり前だと思います。
また、どういう状況で取材したのかが詳しくわかりません。
建物に入る前なら暴言の類ではあるでしょう。
でももし建物内ならU課長の言葉通り、住居侵入罪が成立するおそれがあります。
暴言でもなんでもありません。
そこがわからないと記者達に共感しようがありません。
手柄の横取り
結局事件自体はスピード解決。上野氏ら捜査一課の面々は「俺たちの手柄だ」と自慢していましたが、被疑者を割り出したのは防犯カメラ映像を地道に分析した所轄署の若手刑事でした。(別の社会部記者)
(引用:週刊文春同)
じゃあ、逆にその若手刑事一人の手柄とでも言うんですか?
恐らくは、その若手刑事が本当に最大の功労者なのでしょう。
その上で若手刑事が評価されていないという話なら、あるいは捜査一課が何もしていなかったのなら「ひどいなあ」とも思います。
でもきっとそうじゃありませんよね?
捜査一課の人達だって、靴の底減らしながら頑張ったんですよね?
叩きとして成立するのは「捜査一課が手柄を名乗れるに相応しい仕事をしていなかった場合」。
あるいは「若手刑事の功績を認めず、捜査一課だけの手柄と考えていたのが明らかな場合」。
そこまで書かずに、こんなこと言われてもなって感じ。
むしろ頑張ったであろう捜査一課の面々がかわいそうになります。
あと「俺達の手柄」と言ったのは捜査一課の面々。
このコメントはU課長ではなく、捜査一課全体への批判となります。
もちろんU課長は含みますが、そこは見落としなきよう。
太鼓持ち
「捜査一課長は鑑識課長からのスライド人事が通例なので、やや格下である機動捜査隊長からの異動は一足飛びの人事と言える。その背景にあるのは、キャリア、ノンキャリを問わない上層部からの”引き”。上野氏は上司にゴマをすることで有名でしたから。また、歴代の捜査一課長などで構成される「在郷捜一会」というOB会の強い”推し”があったとも聞いています」(警察関係者)
(引用:週刊文春同)
「ゴマをする」は結構ですけど、どんなゴマなんですかね?
例えば捜査費の帳簿操作をして上層部に貢いでたとかなら問題と思いますが。
そうでないなら、組織で上層部にいい顔するのはただの処世術でしょう。
悪意を持っている人が述べれば、こんな表現になるのは当たり前です。
私に言わせれば内部での人脈作りも能力の一つです。
それが仕事そのものを円滑に進める潤滑油となることもざらですし。
人間、一人でできることは限られるのですから。
もしかしたら本当にゴマすりだけでのしあがったかもしれません。
でも花形の捜査一課長って、それでなれちゃう甘いポストなんですか?
官庁で実績について叩けない場合「ゴマすり野郎」と叩くのは常套手段。
実績があるから上にもかわいがられる、それを逆にとるわけです。
そういうのを役所は違えど見てきてるだけに、もう少し具体的に書いてもらわないと判断しようがありません。
あと異例だからといって、官庁で人事ローテーションの変更は珍しくない。
それをもって実力でないことの証明にはなりません。
鑑識課長が無能だったからU課長が抜擢されたことだって考えられます。
まとめ 報道の目的は警察内部の足の引っ張りでは?
ここからは私の主観にすぎませんが……。
読んでいて、A記者云々がこじつけっぽく見えるのが正直なところ。
そしてU課長の評判の部分が妙に生々しく感じられるんですよね。
ここを書きたいがために本記事を作ったんじゃないか、そんな印象を受けました。
この記事自体に文春砲と呼べるほどのニュースバリューはないでしょう。
だとすれば、この記事が出されることで得をする人物がいるのではないか。
私はそう考えます。
(そもそも、そういう人が最初にいないと情報提供がない)
それは誰か。
警視庁ではない、U課長ではない、A記者でもない、Aの親族でもMXでもない。
ただ明らかに笑うことのできる人がいます。
それは異例の人事によって捜査一課長になり損ねた人物。
現か前かはわかりませんが警視庁鑑識課長あるいは他のライバル。
これでU課長が更迭されれば、自分が捜査一課長になる目が出てくる。
そうでなくても「ざまぁ!」くらいは思うでしょう。
役所における男の嫉妬は、それはそれは見苦しいもの。
腹いせに文春に流した可能性は十分にあると思います。
文春にしてみても警視庁の情報源を確保できるのだから悪い話じゃないですし。
元々の関係性がライバルとの方が良好だとすれば尚更のことでしょう。
あくまで私の妄想にすぎませんけど、この辺り突けば何か出てくるんじゃないかとは本気で思っています。
最近気を吐いている週刊現代とか頑張ってくれないかしら。
あと考えられるのは、文春がそこまで深く考えず、単純に「消費するための情報」として作った。
その場合は、もう人権侵害そのものだと思いますけどね……。
総括
誤解しないでいただきたいのは、私にU課長を庇うつもりはありません。
ただ鵜呑みにするには、あまりに気持ち悪い内容。
情報の真贋を判断するにはあまりにピースが足りない、というのが私の結論です。
私が興味あるのは真実それのみ。
いわゆる「記事のための記事」には興味ありません。
どこか警視庁内の人事抗争の実態報じてくれないかなあと思います。
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