中国における日本人スパイ拘束事件の「週刊新潮」報道を検討してみる

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2016-05-14インテリジェンス・治安

手錠をされた男

私は公安調査庁(略称:公安庁)の元キャリア。
「元」とある通り、現在は退職しています。
辞めてるくらいですから組織に対する思い入れはありません。
小説家を志す身として、そのネタにさせてもらう程度の愛着があるだけです。

それでも今回採り上げる週刊新潮の公安庁をめぐる記事には物申さずにいられませんでした。
あまりにひどい内容ですから。

週刊新潮の記事

週刊新潮平成28年4月28日号掲載の「中国で拘束された日本人スパイを見捨てた公安調査庁」

記事内容の検討

この記事の何がひどいか?
引用しながら説明しましょう。

 中野は語らず――。戦時中、秘密裡に諜報員を養成した陸軍中野学校では、この不文律が徹底され、拷問に屈しないよう過酷な訓練が課せられた。

( *゚д゚)*。_。))ウンウン

さて、そんな先人たちほどの覚悟もなく、007のような活躍もできないまま中国の手に落ちた現代の“スパイ”たちは、目下、その雇い主について口を割り始めたという。

(゚Д゚)ハァ?

ここでなぜ疑問となるか。それは

記事が「機関員」と「協力者」を峻別していないから。

きっと、わざと「スパイ」という言葉で一括りにしたのでしょう。
叩き記事を作るために。

もし仮にわざとでないのなら、週刊新潮は今後、治安系の記事を書かない方がよろしいかと存じます。
恥さらすだけですから。
それくらいにインテリジェンス(諜報)においては基本中の基本と言いうる知識です。

しかし一般の方ですと、この両者の区別がついてない人は多いと思います。
(だからこそ、こうした煽り記事が成立しうるのですが)
そういう方のために、ここで説明を入れさせていただきます。

ヒューミントにおけるスパイ

スパイといっても、一言でまとめられるものではありません。

まず活動による分類があります。
中国の日本人拘束事件で問題となったスパイ活動はヒューミントと呼ばれます。
ヒューミントとは人的情報のこと。
より具体的には、機関員が協力者を使って情報収集(スパイ活動)することをいいます。

機関員と協力者は次の通り。

機関員:情報機関に勤務する職員。つまり公務員。

協力者:機関員の手足となって情報を集める人。

極端なイメージにすると、機関員が頭脳で協力者が手足です。

北朝鮮(朝鮮総聯)を例に、ヒューミントの具体例をあげてみましょう。

①朝鮮総聯の幹部を裏切らせ、組織情報をもらう。
②北朝鮮に新聞記者を送り込み、写真を撮ってきてもらう。

①の総聯幹部と②の新聞記者、いずれも協力者にあたります。
機関員は情報源として①や②みたいな人を作り上げ、コントロールするのがお仕事です。

例え話なら、こんな感じになります。

私(おっさん)が、若くて美人な潮子さんを口説こうと目論んでます。
しかし潮子さんはガードが固く、なかなか近づけない。
そこで潮子さんの友達新井さんにレストランで食事を奢って、潮子さんの情報を聞き出します。
趣味とか、好きな物とか、行きつけの店とか。

この例ですと、私が機関員、新井さんが協力者、潮子さんが調査対象です。

機関員と協力者はどちらもスパイと呼ばれます。
しかし、その立場も役割も大きく異なることを認識してください

問題点の再確認

先の中野の人達は機関員、今回捕まった人達は協力者。
どうして、この両者がごちゃ混ぜにされちゃうんですか?
ぐだぐだ感満載で気持ち悪くなります。

こんな記事、とても自分の知る週刊新潮とは思えない。
かつての新潮はこのくらいのこと、キッチリ抑えた上で書いていた気がします。

検討の続き

続きを読む。これと言って目新しい話はない。

というか、

政府関係者が声を潜めて語るには、

ここに書かれてるの、声を潜めるほどの話ではないでしょう。
なんてわざとらしくて大袈裟な。
昔の週刊新潮は、もっとすごいことをさらりと書いてたじゃないですか。

次に行きましょう。

しかし、2人がスパイ容疑で逮捕されたのは昨年9月。日本人の感覚からすると、それから起訴まで半年以上掛かること自体、首を傾げざるを得ない。

ここはわざわざ採り上げるべき論点なの?
「中国はそうだよ」、それ以上話を膨らませようがないでしょうに。

この文章の役割は、矢板氏のコメントへの接続。
コメントの中で話題を転換させて、

要は自国民の反日感情を煽るために“スパイ事件”を利用したいと考えているのです

これが本当に言いたいことなんでしょうけど、強引ですねえ。
とにかく字数を埋めたいだけという印象すらあります。

そして結論

ノンプロ“スパイ”を送り込み、ヘタを打ったら見捨てる。情報機関として本当にそれでいいのか?

協力者に中野的な意味で見たプロとかノンプロはありません。
仮にひっくくるなら、基本は全員ノンプロです。
週刊新潮様がここぞと持ち上げる警察庁や外務省も、送り込んでるのは全員ノンプロですよ?
常識をそこまでねじ曲げてまで公安庁を叩きたいんですか?

その上で、どうすればいいんでしょう?
協力者を教育してプロ化? ありえません。金も予算も時間も人員もないので。
フィクションの情報機関みたいに「バレたら殺してもいい」みたいな権限でもあれば、協力者の側もプロ意識持って働くかもしれませんけどね。
そんな条件で協力する人は……まあいないでしょう。

本事件における真の問題点

だったら「自分達で行け」?
もしそうなら「機関員を」プロにする予算と制度をくれって感じです。

今回の事件で公安庁が露呈した問題点は、協力者がノンプロなことじゃありません。
機関員(公安庁職員)がノンプロなことです。

この二つは似ているようで異なります。
協力者は全員訓練を受けたわけじゃない、迂闊で当然なんです。
そこは公安庁どころか警察庁だろうと外務省だろうと内調だろうと同じ。
機関員がノンプロというのは協力者、あるいはまつわる情報をまともに管理できていない。
つまり管理責任の問題ですから。

公安庁に現場の調査官を育てるシステムはないも同然。
ほぼ自学独習とか勘とかになってしまっており、職員のレベルは上から下までピンキリ。
教育をちゃんと受けた人に比べ脇が甘いとされます。
少なくともこの点においては警察の方がまともでしょう。
(他官庁についてはあえて触れません、記事の趣旨と異なりますので)

今回の事件で中国当局に続々と拘束されたのは、運営における防衛の甘さが出た。
そう指摘される分にはやむをえないところです。

公安庁は彼らを助けるべきなのか?

じゃあ、どうすればいいのか?

もちろん「助けろ」と言いたいのでしょうけど、それは外務省に言ってくれって感じです。
無責任に聞こえるでしょうが、公安庁が中国政府と交渉するわけじゃありません。
公安庁は情報を集めるだけの機関、交渉権限なんてありませんので。

情報はどこから漏れたのか?

叩くべきところは他にあります。

どうして協力者情報が中国にここまで漏れているのか

まずはそこからではないでしょうか。

週刊文春は、工作参事官室から漏洩した可能性を指摘していました。
工作参事官室は協力者獲得工作・運営の全てを取り仕切る公安庁の心臓部。
参事官室犯人説は、色んな理由からちょっとありえないというのが正直なところです。
(私の見解については、現在この事件を題材にした小説を書いてますので、その中で記す予定です)

ただ、それは内部にいた者としての話。
外部の人間が書いたと考えれば鋭い切り口だと思いました。
文春に参事官室犯人説を流した内部職員は、キャリアでそこそこの役職にいる可能性が高い(そう判断する理由は略します)。
それだけ公安庁上層部に文春が食い込んでいる証拠です。

文春と新潮の比較

文春の記事もやっぱり叩きですが非常に読み応えがありました。
正しくは「批判」と呼ぶべきでしょう。

文春に対して新潮の記事には、公安庁関係者の言辞が全くありません。
記事が文字量の割にスカスカなのはそのせいでしょう。
報道において両者の意見を載せるのは基本中の基本じゃないでしょうか。
それは仮にバイアスをかけるにしても。

公安庁にパイプが無いわけじゃないですよね?
あって、その上で無視してるだけですよね?

最後に

これが他の雑誌なら、私はここまで書かなかったと思います。
とにかく新潮に、こんな質の悪い記事書いて欲しくないんですよ。
在職中は毎週わくわくしながら木曜日を待ってたくらいですから。

公安庁を叩くなら叩くでいいんです。
ただ叩くなら、当事者が青ざめるくらいにエグく鋭くグリグリってやんないと。
この程度だと、きっと本庁総務は「ふーん」って生温かい目で見ていることでしょう。
公安庁ごときに、そんな目で見られて悔しくないんですか?

もちろん読んでる側だってつまらない。
週刊新潮の面白さはこんなものじゃないはず。

もっと頑張って下さい、新潮さん!

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