小田急江ノ島線。
窓から春の陽射しが差し込んでくる。
車両には僕達の他に誰もいない。
ただ座席と窓枠の陰だけが伸びている。
隣に座っているのは大学のサークルで三つ上の先輩。
現在は終点片瀬江ノ島に向かっている。
卒業記念に先輩をモデルとした写真を撮るため。
先輩は美人だ。
とにかく美人だ。
学内で一緒に話していると、周囲の男性がみんな見てるのがわかるくらい。
ただ、先輩は美人といっても完璧ではない。
一五〇センチと背が低くて、頭が大きい。
なので初対面の際に、つい「ちんちくりん」と口が滑ってしまった。
怒られて当然、なのになぜか「ハッキリ物を言う」と気に入られてしまった。
心が広いというべきか、世の中色んな人がいるというべきか。
それ以来、僕は先輩から可愛がられた。
もっとも、あくまで純粋に後輩として。
一緒に遊びに行くとかではなく、例えばどうしても手に入らないノートをどこかから仕入れてきてくれるとか、そんな感じ。
しかも色んな意味で遠すぎる存在の人。
だから僕も「面倒みてくれる大事な先輩」で割り切っていた。
誤解してしまえば迷惑を掛ける。
モヤっとする思いがあったのは否定しないけど、心の底に沈めた。
でも……卒業してしまえばもう会えなくなる。
僕の趣味はカメラ。
せめて記念として写真を残しておきたい。
そう思って卒業パーティの席でさり気なく申し込んでみた。
先輩は意地悪げな笑みを浮かべつつ、
「こんなちんちくりんでよろしければ」。
イヤミ混じりながらも快諾してくれ、現在に至る。
──片瀬江ノ島駅到着。
降りると、まだ少し肌寒い。
駅の売店で缶コーヒーを買う。
──海岸へ。
季節外れだけあって、僕達の他には誰もいない。
撮影場所を探すべく歩き始める。
プルトップを引き上げ、缶コーヒーに口をつける。
少し冷めてちょうどいいくらいかな。
隣に並んで歩いていた先輩が、独り言の様に何か呟いた。
「先輩、何か?」
先輩は黙って首を横に振る。
コーヒーを飲み干す。
さてゴミ箱に……ない。
ゴミ箱がない。
どうするか。
海岸はゴミだらけ。
季節外れの海でもゴミだけは変わらない。
ならいいや。
このまま空き缶持ち歩くのもイヤだし、ゴミ箱探すのも面倒だし。
ポイッと。
砂浜に缶を投げ捨て、歩き続ける。
──あれ? いつの間にか、隣にいたはずの先輩がいない。
振り向くと先輩は立ち止まっていた。
引き返して先輩の所まで戻る。
「どうしたんですか?」
先輩は何も答えない。
ただ口を半開きにして歪めながら、僕を見つめている。
一応笑ってはいるけど、まさに苦笑い。
「どうしたんですか?」
しばらく待っても返事を返してこないので、尋ね直す。
いや……薄々はわかってるんだけど……。
先輩がチラっと砂浜に目を向ける。
その視線の先には、僕の投げ捨てた空き缶があった。
わかってるよ。
僕だってマナー違反ってことは。
でもゴミ箱ないんだから仕方ないじゃんか。
それにムカつく。
気に入らないならハッキリ言えばいいじゃないか。
そのあてつけがましい態度はなんだよ。
「み──」
んなやってるじゃないですか。
そう言いかけた瞬間、先輩からプレッシャーを感じた。
「その先を続けたら、あたしは帰るよ」
口に出してないのに、ハッキリそう言ったのがわかった。
先輩は何も言わない。
動かない。
ただひたすらに責める様な目で見つめてくる。
先輩の怒りがどんどん増しているのがわかる。
美人がゆえに余計怖い。
……もう堪えきれない!
投げ捨てた空き缶を再び拾う。
その瞬間、先輩を包む空気がふっと和らいだ。
でもこれどうしよう。
駅に戻って捨てるしかないよな。
「先輩はここで待っててください」
駅から結構歩いちゃってるし、付き合わせるのは悪い。
駅へ向かって歩き始める。
すると先輩がちょこちょこと歩いて、隣に並んだ。
立ち止まる。
先輩も立ち止まる。
……あの。
「待ってて下さいってば」
先輩は何も答えない。
再び歩き始める。
先輩も歩き始める。
再び立ち止まる。
先輩も再び立ち止まる。
「疑わなくても、ちゃんと捨てますから!」
やっぱり先輩は何も答えない。
ただ無表情で俺を見つめるだけ。
何だって言うんだ。
──駅に再び到着。
缶をゴミ箱にポイ。
「よし」
ようやく先輩が口を開いてくれた。
その顔は笑っていた。
──再び海岸を歩き始める。
駅からは二人ともずっと無言。
今になって罪悪感が襲ってきた。
僕は先輩の前で、なんて真似をしたのだろう。
気まずくて恥ずかしくて口を開けなかった。
すると先輩の方から話しかけてきた。
「いつまでクヨクヨしてるのさ」
「だって失敗しちゃいましたし」
「自分が間違ってたってわかってるんでしょ?」
「はい」
「反省してるんでしょ?」
「はい」
先輩が立ち止まり、微笑んできた。
「ならいいじゃん」
「はい?」
「間違いってのは反省するためにするんだよ。同じこと繰り返さない様にさ」
「でも先輩の気分も害しちゃいましたし」
「はは、どうでもいいよ。初めて会った時から害されっぱなしなのに」
「先輩!」
「ただ、あたしは湘南に生まれ育った身。海を汚されるのはイヤ」
「すみませんでした」
「そしてあたしの隣を歩く人には、あんなカッコ悪い真似をしてほしくない」
「そうだと思います」
きっと歩き飲みも含めてですよね。
こうして口に出された今、最初の変な態度の理由もハッキリわかります。
「だから、これからは注意してね」
──これから?
僕が先輩の妙なイントネーションに気づく。
その時既に、先輩は波打ち際へと駆け出していた。
先輩が、海を背にしながら大声で叫ぶ。
「ちんちくりんなりに頑張るからさ、ちゃんとキレイにとってよね!」
(了)
コメント
(小説家になろうでいただいた感想の転載です)
投稿者: 坂崎文明 [2015年 03月 30日 11時 09分]
良い点
いい話ですね。これが恋ってやつか!
一言
個人的には背の低い女性が好きです。
belle [2015年 03月 30日 16時 31分]
感想ありがとうございます。
恋なんですよ!
当方は背の高い方が好み。
ただ背が低くても、纏うオーラで大きく見せちゃう人っているんですよね……。
そういう人ってすごく惹かれちゃいます。