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北朝鮮の「スリーパーセル」論争について元公安調査庁職員が考察してみる。

きのここらむ
この記事は約25分で読めます。

「スリーパーセル」論争(以下、本件論争)を覚えていらっしゃいますでしょうか?
3年前、国際政治学者の三浦瑠璃氏がテレビでスリーパーセルなるものの脅威を唱え、右も左も巻き込んだ論争に発展したものです。
本稿では、かつて公安調査庁(公安庁)に勤務していた私が本件論争について考察してみます。

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この記事を読む方へのオススメ

執筆の動機

当時、私は冷ややかな目で本件論争を見つめていました。
賛同派も批判派も言ってることがばかばかしくて。
さりとて私は左右イデオロギーや公安評論を飯の種にしているわけではありません。
現在はパチンコ屋の店員です。
変に絡まれても面倒ですし、都合のいい箇所を切り取られて拡散される危険もあったので口を噤みました。

とは申しましても。
コロナ禍で動きようがないのか、公安庁関連で当サイトを訪ねる方が増えています。
採用面接すらオンラインになってしまっている現状には同情せざるをえない。

論争から3年も経った現在、何か書いたところで注目集めることもないでしょう。
わざわざ批判派から公安庁の名前を出していただいたことですし。
現職ではなくOBにすぎませんが、国家公務員志望の皆様に官庁訪問気分でも味わっていただければと筆を起こしてみました。
何らかの一助になれば幸いです。

なお状況を見て、記事を非公開にする可能性があることは予め記しておきます。

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本稿で扱う論点

本稿では本件論争において、特に重要と思われる論点を二つ採り上げます。
一つは、スリーパーセルの「定義」の問題。
もう一つは、リベラル陣営の稚拙な批判・反論の問題です。

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論点1 スリーパーセルの定義の問題

問題提起

スリーパーセル論争について

まずは以下の記事に目を通してください。

三浦瑠麗氏「スリーパー・セル」発言で論議 「偏見」VS「(批判は)行き過ぎたポリコレ」
東京大学の講師で、コメンテーターとしても知られる国際政治学者の三浦瑠麗氏が、2018年2月11日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)で、大都市に潜入している...
解答者の写真
読み終えたらサイトに戻ってきてください

著者から読者様への質問

読み終えたところで、本稿をお読みになっている方に質問です。
国家公務員(特に総合職)志望者でしたら官庁訪問における面接のつもりでお答えください。

質問者の写真

本件論争における北朝鮮のスリーパーセルっていると思う?

あなたの答えはいかがでしょうか。
「いる」かもしれませんし、「いない」かもしれません。
もしかしたら「いる」もしくは「いない」理由まで答えてくれるのかもしれません。

恐らくですが治安・軍事・諜報系志望者でしたら、かような答えが多くなるのではないでしょうか。

質問者の写真

いると思います。
日本人拉致事件をはじめとして北朝鮮の工作員が日本で活動してきたことについては数多の報道がなされています。
我が国における常識であり、我が国が直面する危険でもあります。
だから私は治安・諜報系の仕事に就いて国民を守りたいのです。

立派な志だと思いますし、評価します。
官庁訪問における受け答えとしては十分でしょう。

ですが、私の本音としてはそういうことを問うているのではありません。
この質問はいわばトラップなんです。

私ならこう答えます。

質問者の写真

わかりません
本件論争におけるスリーパーセルなるものの定義が曖昧ですので「いる」とも「いない」とも答えようがありません

どういうことでしょうか。

議論の前提となる「定義」づけ

議論をするにあたっては「定義」を立てる必要があります。
論文を書き慣れた方ならおわかりでしょう。

思うに、

解答者の写真
本件論争の最大の問題点は「スリーパーセル」が何を指すのか、定義が曖昧だったことです

定義は議論に縛りを加えて方向性を定めるもの。
ここが曖昧なままですと賛成・反対どちらの陣営も好きに言うことができます。
一方で実効的な反駁をすることができません。

平たく言えば、

質問者の写真

話が噛み合わないよ!

その結果、勢いだけがエスカレートして炎上してしまうわけです。
治水に例えるなら、川の流れに沿わない明後日の位置にダムを建設してしまって洪水が止められない感じですね。

「スリーパーセル」という用語のふんわりさ

本件論争におけるスリーパーセルとは何を指すのでしょうか。
まずはざっくりまとめてみましょう。

直訳すると「潜伏細胞」。
「細胞」は(特に共産主義における)「支部組織」をいいます。
ただし現在ですと、日本共産党は普通に「支部」と呼んでいます。
公安庁でも日常業務においてほとんど使われることのなくなった古い用語です。

私は本件論争で初めて「スリーパーセル」なる用語を耳にしました。
「セル」と「スリーパーセル」はイコールじゃありません。
少なくとも公安庁においては、聞いたこともなければ使ったこともありません。

解答者の写真
ニュアンスからすれば「潜伏工作組織」ないし「潜伏工作員」ということになるのでしょう

知らない用語ですので「なのでしょう」としか申せません。
もしかしたら、こんなお叱りを受けるのかもですね。

質問者の写真

拉致を見ろ!
北朝鮮の潜伏工作員は日本にいるじゃないか!
公安庁にいたくせに公安の常識すら知らないのか!

「スリーパーセル=北朝鮮の潜伏工作員一般」を指すのであれば「いる」と断じます。
しかし三浦氏のテレビの発言を聞く限り「スリーパーセル=北朝鮮の潜伏工作員一般」とは必ずしも読み取れません。
それこそ公安庁の朝鮮部門にいた私が……です。
だから「いる」とも「いない」とも言えないのです。

問題点の図示

問題点を端的に指摘しましょう。
次の図を御覧ください。

次項以降で具体的に述べていきます。
このイメージを抱きながらお読みください。

三浦氏のテレビにおける発言から読み取れる定義

ここでは日経ビジネスの記事の小田嶋隆氏による書き起こしを使わせていただきます。
J-CASTニュースよりも詳細に記されていますので。

いま、そこにある恐怖
「スリーパーセル」という言葉が地上波のテレビ番組を通じて拡散され、彼らが大阪に潜伏しているという情報が有識者と目される人間の口から確信をもって語られたことで、テ...

三浦:もし、アメリカが北朝鮮に核を使ったら、アメリカは大丈夫でもわれわれは反撃されそうじゃないですか。実際に戦争が始まったら、テロリストが仮に金正恩さんが殺されても、スリーパーセルと言われて、もう指導者が死んだっていうのがわかったら、もう一切外部との連絡を断って都市で動き始める、スリーパーセルっていうのが活動すると言われているんですよ。

※ここで『スリーパーセル 一般市民を装って潜伏している工作員やテロリスト』というテロップが画面上に表示される。

東野:普段眠っている、暗殺部隊みたいな?

三浦:テロリスト分子がいるわけですよ。それがソウルでも、東京でも、もちろん大阪でも。今ちょっと大阪やばいって言われていて。

松本:潜んでるってことですか?

三浦:潜んでます。というのは、いざと言うときに最後のバックアップなんですよ。

そうしたら、首都攻撃するよりかは、他の大都市が狙われる可能性もあるので、東京じゃないからっていうふうに安心はできない、というのがあるので、正直われわれとしては核だろうがなんだろうが、戦争してほしくないんですよ。アメリカに。

引用:日経ビジネス 小田嶋隆「いまそこにある恐怖」

上記発言から、私は「スリーパー・セル」なるものを次のように読み取りました。

質問者の写真

日本国内に潜伏する北朝鮮工作員の中でも、とりわけ有事において指導者が死亡した場合に都市で破壊工作を行うテロリスト?

重要なのは「とりわけ」。

一口に北朝鮮の工作員といっても、任務は色々あるわけです。
資金工作であるとか、宣伝工作であるとか、拉致工作であるとか。
番組におけるスリーパーセルは北朝鮮の工作員全てを指しているわけではなく、その中でも「(……略)テロリスト」限定です。
いわゆる破壊工作ですね。

図示すると、こんな感じ。
先述した図でいえば「Aの中のBのみ」にあたります。

捻くれて解釈しているつもりはありません。
番組の趣旨や「いざというときのバックアップ」という言い回しからすれば、このように限定的に解釈するのが一般的じゃないでしょうか。
また、だからこそ炎上したのではないでしょうか。

三浦氏による補足説明

ところが三浦氏の補足説明によりますと、

質問者の写真

北朝鮮工作員全てがスリーパーセルなんだ!

と言いたいように見受けられます。

J‐CASTニュースから引用します。
黄色のアンダーラインは記事内における引用部です(=三浦氏の元発言)

番組放送後の12日に更新された三浦さんのブログでは、この発言が人種差別的ではないか、と指摘されたことを受け、英デイリーメールや読売新聞の過去の報道や警察白書を引用しながら、

「日本は、韓国に次いで北朝鮮にとっての重要な工作先ですから、日本にも存在すると想定することは当然でしょう」
と発言を補足説明し、

「正直、このレベルの発言が難しいとなれば、この国でまともな安保論議をすることは不可能です」
と、SNSでの反応ついてコメントしている。

(引用:J‐CASTニュース 三浦瑠麗氏「スリーパー・セル」発言で論議 「偏見」VS「(批判は)行き過ぎたポリコレ」

「このレベル」ですまされる話じゃないと思いますが、そこはともかくとしまして。

三浦氏が引用してきたのはテレビで話したのとは異なる情報です。
記事の構成上、先に結論を記させていただきます。

図示してみましょう。
先述の「A全てを指す」パターンを、補足説明と合致するように書き換えてみます。

三浦氏は補足説明において「Bを除いたA」をスリーパーセルが存在する根拠としています。
そうなるとAはBと同質になってしまい、A全体がスリーパーセルであるという帰結となります。
図においてAとBを同じ色にしているのはそのためです。

言い換えると、

質問者の写真

スリーパーセルの定義を広く取り直したのと同じだよ

一般に、定義を広くとるほど主張の自由度も広がります。
いわゆる「ごまかしがきく」というやつです。

以上の通り、

解答者の写真
三浦氏によるスリーパーセルの定義は二通りあります

だから「いる」とも「いない」とも軽々に答えられなくなってしまうわけです。

補足説明における引用の考察

デイリーメール

色々な方が述べていますが、同紙は引用するにあたって信頼のおけないメディアです。
インテリジェンスの観点から言えば、そうしたメディアの情報であっても「端緒情報」としてチェックすることはあります。
しかし、あくまで端緒にすぎません。
精査して裏をとることで使える情報になるかもしれないという話です。
記事に書かれていた内容のみをもって情報として取り扱うことはありません。

読売新聞の過去記事

三浦氏のブログから引用します。

また、日本でも読売新聞が、大阪府の朝鮮総連傘下の商工会の人間が1980年の拉致事件に関わっていたということを過去に報道していますから、その当時大阪にテロ組織があったことはわかります。

引用:山猫日記「朝鮮半島をめぐるグレートゲーム」

解答者の写真
同報道における「商工会の人間」はいわゆる「学習組」のメンバーにあたります
学習組:朝鮮総聯・同傘下団体内における非公然組織。

学習組には表と裏があり、ここでいうのは裏の方です。
事件当時でしたら北朝鮮本国の統一戦線部の直接指揮下にあります。

ここは実務者にとって常識的な話。
北朝鮮工作員一般について説明したものです。

なお、本筋からは逸れますが、

質問者の写真

朝鮮総聯の構成員全てが北朝鮮のスパイというわけじゃないからね

このことは頭の片隅に置いといてください。
北朝鮮政府が日本人拉致を認めたときも「母国を信じてたのに裏切られた」と泣いていた人の方が多数です。
本記事を民族ヘイトの材料に使われたくありませんので強調しておきます。

警察白書

当然、この状況は日本の治安組織もつかんでおり、平成元年には、当時の警察白書において、「我が国に対するスパイ活動は、我が国の置かれた国際的、地理的環境から、共産圏諸国であるソ連、北朝鮮等によるものが多く、また、我が国を場とした第三国に対するスパイ活動も、ますます巧妙、活発に展開されている。」と断言しています。

引用:山猫日記「朝鮮半島をめぐるグレートゲーム」

これも学習組など北朝鮮の工作員一般の話。
読売新聞の報道とあわせて、

質問者の写真

スパイはいるよね!
でも「金正恩死んだら以下略なテロリスト」についてまでは言及されてないよね!

これで終わります。

三浦氏の補足説明の論法について

本来Bの存在を示したければ客観的な事象をもって直接的に証明しなくてはなりません。
例えば「○年○月頃、金正恩が『私が死んだら東京都民を無差別殺戮せよ』の指令を発した」など。
しかし今回のようにBを代替するAの存在をもって間接的に証明する論法もあります。
手法自体は決して間違っていません。

ただし間接的に証明をするのであればAはBを類推しうるだけの例でなくてはなりません。
本件でいえば「金正恩死んだら以下略なテロリスト」を類推できるだけのAです。

架空の具体例を挙げてみましょう。

質問者の写真

実はオウム真理教の教祖は北朝鮮の潜伏工作員だったんだ!
地下鉄サリン事件は前年に亡くなった金日成を讃えるため北朝鮮が引き起こしたんだ!
警察白書にもそう書いてある!

これなら「金正恩が死んだら以下略なテロリストだっているかも……」と思えるのではないでしょうか。

「スリーパー」という言葉の曖昧さ

もう一つ。
ここは三浦氏ばかりが悪いのではないと思うのですが。

解答者の写真
本件論争が混乱したのは「スリーパー」という言葉の曖昧さも混乱した原因だと思います

有事に備えて眠っているのか。
社会に紛れるという意味で眠っているのか。
「潜伏工作員」と日本語に置き換えた場合でも二通り考えられるわけです。

「潜伏」の業界における一般的意味は「社会に紛れる」です。
また、いくつかのメディアはそのように説明しています。
しかし番組においては「有事に備えて眠る」に聞こえます。
受け取る意味が異なれば論点が錯綜してもしかたないのではないでしょうか?

もっとも混乱の原因を探る以上には、突き詰めても実のない話です。
その上での個人的見解として。
テレビの発言趣旨からは「有事に備えて眠る」と解するのが適切ではないでしょうか?

三浦氏の発言に対する私見

以下、三浦氏の発言をめぐる私の見解を記します。

スリーパーセルはいる?いない?

質問者の写真

スリーパーセルが「金正恩死んだら以下略なテロリスト」というのなら「存在は疑わしい」
スリーパーセルが学習組など北朝鮮スパイ一般を指すのなら「存在する」

後段についてはこれまで検討してきた通りです。

前段について、どうして疑わしく思うか。
理由は色々あるのですが……所詮は私見ですし。

素人的に考えるなら。
もしかようなテロリストが潜伏しているなら有事が始まってすぐに事を起こしそうなものです。
独裁者は死んだら終わりなんですから。

元職として述べるなら。

解答者の写真
北朝鮮の敵は、あくまでも韓国です

表現を変えれば、半島問題の直接的な当事者は北朝鮮と韓国
誤解しがちですが「日米韓対北朝鮮」ではなく「韓国vs北朝鮮」の構図が基本です。
「北朝鮮の行動は必ず韓国を念頭に置いている。この視点を忘れるな」
私が近畿局(公安庁の大阪支局)にいたとき、上司からレクチャーされた言葉です。

日本に攻め込むならその前に絶対に韓国へ攻め込みます。
陽動など別の目的があるならともかくとして。
ソウルはともかく東京・大阪にまでテロリストを潜伏させるというのは少々考えづらいものがあります。
(軍事教練を受けた程度でもいいなら、その範囲においては「いる」かもしれませんが)

コストなどの問題を考慮するなら尚更です。
ここは公安庁の大先輩管沼光弘元調査第二部長の言葉を借りるとしましょう。

情報の専門家はどうか。

朝鮮半島情勢に精通する元公安調査庁調査第2部長の菅沼光弘氏は「1960年代から70年代にかけて、北朝鮮のテロ組織が日本に存在していたことは確認している。日本での工作活動よりも、韓国に渡って工作・破壊活動や世論誘導を主たる目的としていた。韓国に潜入するには日本人を偽装する必要があり、そのために日本人拉致が行われた」と語った。
ただ、最近の動向については、「日本を攻撃する事態となれば、北朝鮮は(工作船などで)特殊部隊を日本に送り込むだろう。(日本全土を射程に入れた)ミサイルも多数保有している」と語った。

引用:iza「三浦瑠麗氏発言で注目「スリーパー・セル」脅威の実態 人数、潜伏場所、能力など一切不明」

私も同意です。
そもそも先述の上司は管沼氏の右腕と呼びうる職員。
その方に朝鮮情勢を叩き込まれた身なので同じになって当然ですが。

機密保全の問題

三浦氏の発言が日本の治安当局のどこかの情報提供によるものとします。
かつ、テレビで言い切れるくらい間違いないものとしましょう。

つまり三浦氏が正しいのなら、

質問者の写真

今度は機密保全の問題が生じない?

明らかに絶対に外に出したらダメな話ですもの。

私が属していたのは諜報部門であり、調査に限られます。
畑違いになりますので曖昧な言い方をしますが、実力をもって対応にあたる警察なり自衛隊なりがスリーパーセルという「if」を想定して有事のシュミレーションするのは大事だと思います。
むしろ想定すべきでしょう。

しかし一口に「言われている」といっても。

解答者の写真
「想定する」ことと「いるという確度の高い情報がある」ことは話が別です

与太話ではなく確度の高い情報があるのなら、例えば公安庁でしたら間違いなく機密扱いとなります。
私が担当なら決裁ライン以外に口外することは許されません。
庁内資料としても残さないかもしれません。
仮に民間人レクで話すとしても「いるかもしれない」ならともかく「いる」なんて断定を与えたりはしません。

そうしたレベルの情報を民間人に提供する政府機関にも。
テレビで軽々しく口にする民間人にしても。
いささか問題があるのではないでしょうか。

ただ一つの可能性として。

質問者の写真

国家情報院に乗せられたのかもなあ……

国家情報院(以下、国情院)は韓国の情報機関。
国情院がわざと派手な情報(虚偽含む)を流して反応をみるなんてのは日常茶飯事です。
そのため国情院ネタには注意を払うのが通常ですが……鵜呑みにしてしまう人がいないとも限りません。

海外機関ネタは保秘面において独自情報より軽んじられます。
一方で派手ですからマスコミなどの人間に話せば喜ばれます。
そのノリで鵜呑みにした政府職員が三浦氏にも伝えたのかもしれません。

テレビで話す必要なんてあるの?

三浦氏は次のように述べています。

正直、このレベルの発言が難しいとなれば、この国でまともな安保論議をすることは不可能です

(引用:J‐CASTニュース 三浦瑠麗氏「スリーパー・セル」発言で論議 「偏見」VS「(批判は)行き過ぎたポリコレ」

いやいや、テレビのワイドショーで話す内容じゃないでしょう。
J-CASTニュースにおける津田大介氏のコメントですが。

まったくもってその通りだと思います。
私って津田氏が大嫌いなのですが。
それでも頷かざるをえないくらい、ごもっともです。

私みたいな当該方面に知識のある者なら、

質問者の写真

ふーん(笑)

で流します。
単に学者であるということのみをもって権威を感じるなんてこともありません。
実務に携わってきた身ですから自らの経験と知識を信じますし、必要があれば古巣に聞きます。

しかし一般の方はそうではない。

質問者の写真

学者さんみたいな偉い人が言ってるんだ!
きっとそうなんだ!
すごい! 拡散しなければ!

なんて反応しちゃったりする人もいるでしょう。
ここまでは極端としても、なんとなく程度でしか「いる・いない」について語れないと思います。

場合によっては「テロリストを焙り出せ!」という騒動に発展するかもしれません。
現代日本においてこんなの叫ぶ人は口だけのネット番長と思っていますが……たとえ言葉だけとしても。
「日本から出て行け!」とヘイトを投げつけられる在日朝鮮人の方々はどんな思いをするでしょうか。

私はいわゆるヘイトについて、民族へ憎悪感情をぶつけることによって当該国家へメッセージを伝えるという点でテロと同様だと思っています。
殺害こそありませんが、犯罪行為としてなら立件されたものもあるわけです。

質問者の写真

北朝鮮にテロを引き起こされる前に日本がテロを引き起こしてどうするのさ……
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論点2 リベラル陣営の稚拙な批判・反論の問題

公安庁「内外情勢の回顧と展望」を持ち出したスリーパーセル批判

三浦氏の発言を受けたリベラル陣営の批判すべてが的確だったとも思いません。
本稿では特にひどかった古谷経衡氏の批判記事を採り上げます。

広がる「工作員妄想」~三浦瑠麗氏発言の背景~
根拠不明な「スリーパーセル」 さる2018年2月11日に放送された『ワイドナショ...

Yahoo!ニュースのトップにまでなりました。

私には記事で名指しされた「公安庁の元職員」という経歴があります。
反論する資格はあるでしょう。

公安調査庁と警察の混同

本論に入る前に一つだけ。
各方面から批判されていた公安庁と警察の混同について。

記事本文を読むと両者を混同しているのは明らかです。

質問者の写真

公安調査庁は法務省、警察は警察庁
両者は別組織だよ

「警察」の定義論などを持ち出すとかえって混乱しかねないので組織法上の説明にとどめます。
もっとも混同しているならしているで「警察白書には潜伏工作員について書いてるじゃないか」という反論が妥当します。

ただ、

質問者の写真

古谷氏は、わざと混同した振りをしたんじゃないかな……?

警察庁が警察白書にて学習組について触れていることから、これを回避するために公安庁の「内外情勢の回顧と展望」(以下、回展)を持ち出したのでしょう。
本当に知らなかったのなら、指摘された時点で「勉強になりました、ごめんなさい」ですむ話。
それを「我が公安」などと大仰な言い回してあてつけっぽく反論しているあたり、きっと批判者をおちょくってるのだろうと受け取りました。

まあどっちだろうとどうでもいいです。
大した話ではありませんので。

問題提起

本論に入ります。

J-CASTニュースには次のとおり書かれています。

また、このブログに対して、評論家の古谷経衡さんは、13日にYahoo個人で発信した記事内で、日本の公安調査庁の資料(2017年版)を引用し、その中で言及すらされていない「スリーパーセル」の存在は根拠の無い「工作員妄想」であると切って捨てた。

(引用:J‐CASTニュース 三浦瑠麗氏「スリーパー・セル」発言で論議 「偏見」VS「(批判は)行き過ぎたポリコレ」

古谷氏の記事原文は後で引用します。
ざっくり言うと、

質問者の写真

公安庁の回展にはスリーパーセルなんて書いてない!
いるなら公安庁は知っているだろうし書くはずだ!
だから三浦氏のスリーパーセルは根拠のない「工作員妄想」だ!

どこがおかしいのでしょうか?
次のイラストを見てください。
イラストACにて「氷山の一角」で検索して出てきたイラストを加工したものです。

水面を境として、上方が庁外(国民)で下方が庁内(政府)とお考えください。

「内外情勢の回顧と展望」に書かれている情報は全体の一部にすぎません。
庁外に公表しても構わないと判断した情報です。
もちろん庁内には国民に隠された情報が山とあります。
だからこそ「機密」という言葉が存在します。

しかしながら古谷氏の言辞を図で言い換えると「赤囲みに情報ないのだからスリーパーセルはいない」となります。
つまり、

解答者の写真
青囲みの部分を存在しないものとしてしまっているのが問題点です
言い換えれば「公安庁のお仕事は回展だけ」と矮小化していることにもなるでしょう

以下、具体的に記していきます。

論理構成からの考察

記事における問題の箇所は次の部分です。

試しに、公安調査庁が発表した「内外情勢の回顧と展望」(平29年、最新)では、

(中略)

とすると、「ソウル、東京、特に大阪がヤバイ」と三浦氏が断定したスリーパーセルなる特殊工作員の存在も、国際政治学者たる三浦氏が公の場で堂々と発言する位の水準で知っているのだから当然、公安の報告書の中にさらなる詳細記事があると思うのが妥当だが、公安当局による報告書の中には「スリーパーセル」なる特殊工作員や活動家の記述は一切存在していない
(中略)
英国のタブロイド紙が世界に向けて発信しているほど、「スリーパーセル」なる存在が既知であるなら、目下我が公安警察がただの一行も言及しないのは不自然の極みである。この「スリーパーセル」なる北の特殊工作員が韓国や日本に潜んでいると断定する三浦氏の発言は、根拠の無い「工作員妄想」の一種と言わざるを得ないのでは無いか。

引用:Newsweek 古谷経衡「広がる「工作員妄想」~三浦瑠麗氏発言の背景~」

実情を知らなくとも、論理だけをもって本主張のおかしさがわかります。

国際政治学者たる三浦氏が公の場で堂々と発言する位の水準で知っているのだから当然、公安の報告書の中にさらなる詳細記事があると思うのが妥当だが

この箇所は古谷氏の主観にすぎず、論拠になりえません。
単なる皮肉が付されているだけです。

英国のタブロイド紙が世界に向けて発信しているほど、「スリーパーセル」なる存在が既知であるなら、目下我が公安警察がただの一行も言及しないのは不自然の極みである

どうしてマスメディア、それも英国版東スポと公安当局が同列に並べられないといけないんですか。
両者には何の連関もありません。

だとすると、

公安当局による報告書の中には「スリーパーセル」なる特殊工作員や活動家の記述は一切存在していない

この「スリーパーセル」なる北の特殊工作員が韓国や日本に潜んでいると断定する三浦氏の発言は、根拠の無い「工作員妄想」の一種と言わざるを得ないのでは無いか。

この論理は真か偽か。
文章を簡略化しましょう。

公安当局はAについて書いていない、だからAは存在しない。

この論理が成り立たないのは明らかですよね。
存在するものを書かなかっただけかもしれませんから。

解答者の写真
知っている人は「話す」ことも「黙る」こともできます

一般論としておわかりでしょう。

実体面からの考察

前項で検討した論理が成立するには前提条件が必要となります。

(Aが公安当局にとって把握可能な存在であるものとして)公安当局が知り得た全てを国民に公開する

そんなのありえません。
このことを実体面──「内外情勢の回顧と展望」という文書の性質をひもときつつ説明します。

回展には「パンフレット版」と「庁内版」があります。
国民に公開しているのはパンフレット版。
先述した通り、公安庁が国民に公開して構わないと判断した情報であり、基本はマスコミ報道や文献などの公然情報から得た情報からの分析に限定しています。
厚さも数十ページにすぎません。

庁内版は非公然情報を中心にとりまとめたものです。
非公然情報とは、送り込んだり動かしたり裏切らせたりしたスパイ達から得た表に出ない情報のこと。
こちらには北朝鮮の各種工作についてもしっかり記されています。
厚さは経済白書ほど。
極秘印が押され、世間に出ることはまずありません。

例えるならパンフレット版は海面に浮かんだ氷山の一角。
水面下には、それだけの国民に知らされない事実があります。
どうして知らされないかは説明するまでもないでしょう。

さらには、庁内版にすら載らない情報もあります。
重大な情報についてはそこまでの管理が必要だからです。

解答者の写真
こうした実体がある以上、「回展に書いてないからスリーパーセルはいない」は明確な誤りです
いるいないはともかくとして「回展に書いてない」は論拠となりえません

パンフレット版の回展に書かれていなくとも庁内版の回展に書かれている可能性はあります。
もっというなら課長室の金庫の奥深くにひっそり保管されている場合だってあります。

最後に一つ付け加えておきます。

質問者の写真

騒動を引き起こしかねないマターはパンフレット版への掲載を避ける方向にあるよ

理由は「テレビで話す必要なんてあるの?」で記した通りです。
また在籍当時、当時の庁幹部が私に述べた言辞でもあります。
違憲とされる破防法を所管し、調査業務も人権侵害そのものとされる公安庁ですが。
考えるべきところはちゃんと考えています。
論理の問題ですから論理をもって述べてきましたが、こちらの方が直接的な答えになるでしょう。

Newsweek記事に対する私見

変に理屈だてるからおかしくなる。
わざわざ公安庁なんて持ち出さず、ただ妄言といえばよかった。
それだけの話です。

公安庁に焦点をあてるならば「公安庁はパンフレット版『内外情勢の回顧と展望』に書いてあることしか知らない」と言ったに等しい。
同庁の業務を矮小化・歪曲化して捏造したものといえ、その点においてフェイクニュースと呼んでも過言じゃありません。
掲載したNewsweekには大きな社会的責任があります。

国際ニュース週刊誌『Newsweek』は米国にて1933年に創刊。その日本版として86年に創刊されて以来、『ニューズウィーク日本版』は、世界のニュースを独自の切り口で伝えることで、良質な情報と洞察力ある視点とを提供するメディアとして一目置かれてきました。

(略)

また、中国や韓国などのアジア情勢の分析の深さや鋭さは、第一線で活躍するビジネスパーソンや論壇、政府関係者など政財界の要人から高く評価されています。国内外のメディアが伝える「日本」とは一線を画す独自の視点、そして日本と世界の関係を冷静に見つめる報道姿勢もまた、論壇などで信頼を得ています。

引用:Newsweek日本版について

決して自称ではなく、評価も信頼もあるメディアなのですから。

私は指摘しただけであり責めるつもりまではありません。
ただ、名前出された官庁の元職員が呆れ果てるほどの記事がYahoo!ニュースのトップにまでなってしまった。
その影響力をいかにお考えでしょうか?
記事に示した通り内部事情を知らなくともわかる話なのですからチェックだってできたはず。
編集部に自省はしていただきたいところです。

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終わりに

記事のテーマについては文中にて私見を記しました。
元々は官庁訪問気分を味わえればと書いたつもりの記事ですから、その趣旨に沿って最後に記します。

三浦氏は「このレベルの発言が難しいとなれば、この国でまともな安保論議をすることは不可能です」とおっしゃいましたが。

質問者の写真

こんな物騒な話、世間が知る必要なんてあるのかな?
お茶の間でまで安保論議する必要なんてあるのかな?
むしろ国民が不安なく恙なく暮らせるよう頑張るのが安全保障担当官庁の務めってものじゃない?

仮にテロリストが現実に潜伏していたとしても。
今すぐテロを起こすわけじゃないのですから、知らなければ知らないに越したことはないでしょう。
ましてや今回のは「金正恩が亡くなれば」という条件までついている。
生きている限りは言いすぎにしても、現実に有事が起こるまでは安全なのですから。
危険が差し迫ってはじめて国民に報せて避難勧告を行えばいい話です。

質問者の写真

著者は人知れず働く縁の下の力持ちであったことに情報官僚としての矜恃を感じていたよ

社会に重大な問題が生じなければ公安庁がクローズアップされることなんてありません。
不祥事を除けば、公安庁の名前が世間で取り沙汰されたのはオウム真理教への破防法適用申請のときくらいなのですから。
名前が知られないのは世の中平和な証拠、みんなが安全に暮らせるならそれでいい。
そういうスタンスでした。

国家公務員という仕事の魅力は、国民に奉仕することに確固たる矜恃を持てることだと思います。
ここに記したのは私の情報官僚としての矜恃ですが、他官庁の職員も同じく自らの職務に応じた矜恃を持っているはずです。
自分がこの官庁で働けばどんな矜恃を持てるか。
官庁を選ぶ際にこのことを意識してみてはどうでしょうか?
明確な志望動機に繋がりますし、面接でも幸運を呼び込めると思います。
何より入省してから自らが働き続けるための支えとなります。

コロナ禍における就職活動は本当に大変なことだと思います。
ですが他の人も条件は同じです。
挫けずに頑張って下さい!

キノコ煮込みに秘密のスパイスを

OBによる公安調査庁のお仕事をリアルに描いたラブコメ&サスペンス。
小説家になろうでは総合ランキングに入ったことのないド底辺のネット小説です。
一方で、
・週刊誌に「日本のスノーデン」呼ばわりでYahoo!ニュースになり。
・偉い作家先生から「乱歩賞獲れたミステリ」と絶賛され。
・出版社では「これを世に出すのは危険」とお蔵入りにされ。
あれこれ曰く付きの小説、あなたも読んでみませんか?
お気に召しましたら拡散していただけると嬉しいです。

この記事を書いた人

広島市内のパチンコホール勤務。
3号機時代からのパチンカス。
ADHD、精神障害者手帳3級所持。
慶應義塾大学商学部卒、専攻はマーケティング(広告・宣伝)
国家一種試験経済職の資格で公安調査庁に入庁。
在職時は国際テロ、北朝鮮を担当。
「小説家になろう」の底辺作者。
WordPress記事は素人の備忘録です。

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