麻生幾氏の「評論」と裏側の「現実」の比較 ~公安調査庁における実例より

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インテリジェンス・治安

本記事では、ある事実が記し方などによって印象の変わる例を紹介します。
具体的には麻生幾氏の評論「情報、官邸に達せず」の一文につき、その裏側にある現実を説明します。
同時に本記事は、私がどうして「評論」を志向せず「小説」を志向するのかという理由でもあります。

本記事を書くきっかけとなった@ツイート

先月の話。
フォロワーさんから、こんな@ツイートをいただきました。

へえ、こんな小説出たんだ。
アンダーカバーはこちら。

 

読むには読むつもりなのですが、今ちょっと新作の執筆中。
元職員が外部の人間からパクりとか言われるのも嫌ですし、その後に読むつもりです。

……なので、私が読み終えるまでの場つなぎに本記事を書いてみました。

麻生幾氏と公安調査庁

公安調査庁から見た場合、麻生幾氏は管沼光弘元調査第二部長の代弁者でした。
「でした」と過去形なのは、庁内において「麻生幾は警察庁に尻尾振って、公安庁を見捨てた」とされているからです。
これは私自身、次の返信をしている通り。

ただ、私はジャーナリストとしての麻生幾氏は評価しています(小説家としてはともかく)。
今から20年以上前の著書「情報、官邸に達せず」。

同書は出版当時における危機管理への問題意識を描ききっており、考察する上での出発点になりうる本です。
記述の大部分が古くなってはいますが、逆にどうして現在のように体制が整備されていったのか理解できます。
当時は、危機管理を語るそのものがタブーとされる雰囲気がありました。
その意味でも「出発点」と呼びうる本でしょう。

「情報、官邸に達せず」における公安調査庁の記述

同書は、公安調査庁について(ある程度)まともに書かれた初めての本でもあります。
それまでは左翼系による叩き本しかありませんでした。

公安調査庁についてのネタ元は先述した管沼元調査第二部長。
事実関係としては基本的にそのまま受け取って構いません。
ただ構成によって、公安庁に寄ったバイアスは掛かっています。

ある一文を採り上げてみます。

また湾岸戦争のときには、イスラエルに派遣している公安庁の駐在官からの情報が毎日、ダイレクトに入って来ていた。公安庁ではこれを官房長官に報告すると共に、当時自民党幹事長だった小沢一郎氏に毎日、情報ペーパーを送付し続けていた。

引用:「情報、官邸に達せず」書籍版 p147(麻生幾、文藝春秋社)

実話です。
そして引用した文章の前後には、公安庁の情報機関としての実績を記す事実が並べられています。
それらも全て実話、同庁が非常に格好良く見えます。

しかし、これがむず痒いんです。
宣伝とかハッタリに映るので。

分析実務に携わる実務畑の職員は等身大であろうとする人が多いです。
インテリジェンスにおける分析は、過大でも過小でもなく真実を見極めることにある。
むしろ無駄を削ぎ落とす方向で仕事をしているから、自然とそうなります。
さらに情報機関には「他人の仕事を知っても知ろうとしてもいけないし、自分の仕事を教えてはいけない」という区分の原則が存在します。
そのため役所全体を見据えるより職員個人としてやるべきことをコツコツこなすという姿勢になります。

こうしたタイプの職員って、こうした記述を受け付けないんですよね。
現実には笑っちゃうしかない寒い実態もあるし、表面しか捉えていないようにも映ります。
「麻生幾? ふーん(笑)」みたく呆れ混じりに話す職員は決して少なくなかったです。

上記記述の裏側にある現実

上記記述の職員は、当時の庁内における国際テロの第一人者Y氏。
私の初めての上司で、人としても分析官としても尊敬していました。

Y氏は、私の入庁時、新人キャリア研修で国際テロ情勢についてのレクチャーを行いました。
それが終わった後の話です。

私「私もイスラエル行って、モサドとの連絡を担当したいです」
Y「(俯きながら首を振りつつ)……止めとけ。仮に命じられても断れ」
私「(怪訝に思いつつ本書を見せる)これに書かれてるのYさんですよね。すごい格好いいじゃないですか」
Y「(目を通す)……冗談じゃない! 私は日本に帰りたかったんだ!」
私「は?」
Y「湾岸戦争の時、イスラエル大使館の連中は真っ先に日本へ逃げ帰ったんだ。一般人を放り出してな。そして私も表向きは留学生の身分だから、同じ扱いされて置いて行かれた」
私「えーと、よく話が飲み込めないんですが」
Y「守るべきは自分達外交官であり民間人がどうなろうと知ったことじゃない。外務省はそういう所って話」
私「……ひどすぎる」
Y「あいつらは鬼だよ」
私「でも毎日連絡して本庁に情報送ってたってのは本当なんですよね?」
Y「だって暇だし、仕事しかやることないもの。いいか、キャリアなら、ちゃんと外交官の身分で海外に行かせてもらえる。絶対にモサド担当だけは止めとけ。私と同じ目に遭いたくなければな」

事実だけを読むと格好良く見える。

しかし裏側には嘆息ついてしまいそうな事情……物は書きようですね。

ただ、私には別の意味でYさんが格好良く見えました。

だって暇だし、仕事しかやることないもの。

こんな台詞、さらりと言えないですよ。
当時のイスラエルはイラクからのミサイル攻撃を受けてる最中だというのに。

また人間くさくもあります。
誰だって帰国したくて当たり前、望んでイスラエルに残ったわけじゃない。
本に書かれた格好よく見える仕事はあくまでも結果としての話。
「これが現実なんだな」と思ったりしました。

そして、「面白いな」とも。

私が評論ではなく小説を志向する理由

「お前のことなんてどうでもいいんだよ」という方は読み飛ばして下さい。

謎の業界ゆえの誇大化・矮小化

公安庁だろうと警察だろうと、公安業界というのは一般の人にとって謎の世界だと思います。
同時に実情を明かすのがタブー扱いされている業界。
要はスパイなわけですから。
誰も知らないからこそ格好良く書くのが成り立ちやすい分野です。
逆もまた然りで、一方的な言い分によって叩きやすい分野でもあります。

20年前は公安調査庁に対する一般の認識は現在ほどじゃありませんでした。
だからこそ麻生幾氏のような書き方にも意義がありましたし、またそうすべきだったと思います。
少なくとも「事実」であることは間違いないわけですし。
他に出ている本は左翼寄りの怪しげな内容でしたし。

加えて、インテリジェンスに重要なのは「事実」。
淡々とリーク元から聞いた事実のみを並べていく麻生幾氏の執筆手法は、インテリジェンスという分野を評論するにおいて適切だったとも思います。

私のキーワードは「等身大」

しかし所属していた私にとっては「普通の職場」であり「普通の役所」です。
そして私にしろYさんにしろ、働いているのは「普通の人」です。
中にいれば麻生幾氏の評論に書かれていることなんて日常の光景にすぎない。
それよりも裏側にある人間模様の方がよっぽど面白い。
同氏に限らず誇大に書かれがちな業界だからこそ等身大の姿を描き出したい。

評論に割り切れば公安庁に関する本はすぐにでも書けますし、出してくれる版元もあるでしょう。
しかし右か左、どちらかにバイアスをかける必要があるのが実情です(特に左)。
偏るのは、私の流儀に合いません。
私が求めるのは過大でも過小でもなく等身大。
インテリジェンスに携わっていたせいか、ADHD(発達障害)ゆえの気質かはわかりませんが。

私はただ私の思ったままを書きたい。
その上で人間に焦点を当てて、読んだ人が楽しめるような世界を創り上げたい。
これが私が評論ではなく小説を志向する理由です。

拙作「キノコ煮込みに秘密のスパイスを 」の出版企画を立ててくれた版元がありました。
社内から出版を危険視する声が上がって残念ながら頓挫しましたが、その際に編集さんは拙作の評価を伝えてくれました。

キノスパの売りは「公安という謎の組織に対する親近感」というギャップ。親近感とは「もっと特殊な組織かと思いきや、意外とふつうの会社みたいなことがあるのだな」とか「実在する謎の組織の実体を垣間見る」ということ。

メールを読んだとき「ああ、私の執筆意図を理解してくれたんだ」と心に染み入りました。
拙作を最も評価してくださった方だと思ってます。

もっとも、デビューしないと始まらない。
次回作は他の作家にならって、実際の事件をつなぎ合わせた同分野の読者ウケしそうな形式で書くつもりです。
ただ、さすがは元本職。
そう唸らせるだけの作品に仕上げたいものです。

まとめ

麻生幾氏のような評論には独自の意義がありますし、決して否定するものではありません。
角度を変えれば異なる見方もできるし、異なる面白さもあるという話です。

ただ、本サイトを訪れるのは公安庁をはじめとするインテリジェンス業界志望者が多いので一言。
自らにとって都合のいいことも悪いこともまとめて受け容れる寛容さを持つよう心掛けて下さい。
都合の悪いことは見ない、では務まらない業界ですので。


Author:天満川 鈴

小説家になりたい駄文書き、元公安調査庁職員。
国家一種経済職→入庁。イスラム過激派などの国際テロ、北朝鮮を担当。
朝鮮総聯へのスパイ工作を描いた小説「キノコ煮込みに秘密のスパイスを は週刊誌で紹介され、さらに推理・歴史作家の鈴木輝一郎先生から「江戸川乱歩賞獲れた」と絶賛。素人の小説としては異例の反響を呼びました。
無料公開してますので是非読んでみてください!